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2006年1月31日 (火)

マッサージ。

ここ数日、激しい痛みや吐き気とは無縁な、穏やかな時間を過ごすことができている。
チューブが入っているところの痛みは若干残っているけれど。
昨日はお姫さん、腰の周りの筋肉が痛いと訴えた。そこで、おとさん、腰をマッサージしてあげた。
これは、お姫さんが妊婦だったとき、腰痛をよく訴えていたので、寝る前の日課だったのだ。

「ボキやうーがお腹に居るとき、寝る前によくやってもらったよね。」
「そうだったね。ほとんど毎日やってたなあ。」
「やってもらうと、すごいラクになったから助かったよ。」
「会社から帰ってくるの遅くてもずっと待ち構えてたものね。」
「この痛みもラクになるかなあ。」
「大丈夫。絶対ラクにしてあげる。」
おとさん、手にありったけの想いをこめてマッサージした。

どうか、お姫さんの苦痛が、病気が、治りますように。。。。

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2006年1月30日 (月)

クラッカーおいしかった。

昨日は、クラッカー菓子に、ジャムやメープルシロップを付けて、家族4人で食べた。
ジャムやメープルシロップを付ける役目は、お姫さん。付けた後、ボキやうーやおとさんに配って回る。
ボキやうーにクラッカーを渡しているときのお姫さん、いい顔をしていた。
ボキはジャムが付いたのしか食べないので、メープルシロップがついたものは、おとさんが全部食べることになってしまった。
最近、よくお姫さんが言っていたのは、
「ボキやうーのために、ご飯作ってあげたい。。。」
ということだった。少しでも、子供達の世話をしてやりたいという気持ちが強いのだ。
昨日のことで、ちょっとはその希望がかなえられたのかもしれない。

今日も昨日と同じように、穏やかな一日が過ごせますように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨日書き込んだ、「自分なりにもう一度いろいろ考えて」。

この言葉には自分の今までの行動に対する迷いがあった。
この7ヶ月、おとさんがベストであると信じるやり方で、そのように行動してきた。
これまで、自分たちがやってきたことが、本当にお姫さんにとってよかったのか。
そして、このままでいくことが、本当にベストなことなのか。

もう一度、自問自答してみたほうが良いと思ったのだ。
当然、お姫さんが本心ではどのように思っているのかは分からない。
本人の性格や、いままでの言動などをもう一度思い返して、最善の道を行きたいと思った。

やはり、今までどおりの接し方でやっていくのがベストだという結論に至った。
これ以外、考えられなかった。
「余命告知はしない」
「できるだけ、いつもと変わらないように接する」
お姫さん本人が、何か望むことがあれば、そのように軌道修正すればいい。
幾人かの方が指摘している通り、あまりに先の短い余命告知は”絶望感”しか生まないだろうと、自分も思う。
(おとさん自身は、余命告知自身を否定しているわけではない)

おとさんは、お姫さんにできるだけ”希望”を与え続けてやりたい。
これまでと同じように。。。。

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2006年1月29日 (日)

感謝です。。。

おかげさまで、昨日もお姫さんは苦痛のない時間を過ごすことができた。
疼痛コントロールはなんとか落としどころが見つかったようで、ほっと一安心している。
だが、腹水は毎日1,000mlずつ抜いていて、既にトータルで7,000mlに達している。

今日は、クラッカー菓子にジャムとかシロップを塗って、皆で食べようねと約束している。
(お姫さんは、口に入れてから吐かなければならないが。。。)
穏やかな時間を過ごせることが、こんなに幸せなのだと改めて実感しているところだ。
今日も、穏やかな時間が過ごせますように。。。

昨日の書き込みにたくさんのコメント、本当にありがとうございます。
皆さんのお気持ち、感謝しても感謝しきれません。
「余命を伝えるべきだ」「余命を伝えなくてもいい」
当然、2つの意見があり、どちらも正しいことだと思います。
これまで我々は、「余命を伝えない」という方向で通してきました。
今までのお姫さんの言動や性格を含めて、お姫さんにとってどちらを選択するのが良いのか、自分なりにもう一度いろいろ考えて結論を出そうと思います。
とはいっても、もう与えられた時間はほとんどないのかもしれませんが。。。

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2006年1月28日 (土)

苦しい。。。

硬膜外ブロックが奏効したらしく、お姫さんのお腹の痛みはだいぶ解消した。
おかげでかなり過ごしやすかったようだ。
2週間前に先生から、「1月末まで持つかどうか。。。」といわれていたが、まだまだ大丈夫そうに見える。
お姫さんは、本当に前向きに頑張っている。
「こんなところにいては、自分のやりたいこと、何もできないもの。」
「私、普通のもの食べて、普通に生活できるようになるよね。」
「ボキの七五三も家族4人でできるよね。」

と自分に言い聞かせるように言いながら、おとさんにも同意を求めてくる。
そんなお姫さんの姿を見ると、本当に胸が痛い。
実は、まだ「付き添い」をしないで「お見舞い」の状態が続いているのだ。皆さんのコメントのほとんどが、
「できるだけお姫さんのそばにいてあげてくださいね」なのにもかかわらずだ。
おとさんは、もう会社にはほとんど出社せず、休職に近い状態になっている。遠距離通勤のため、緊急の連絡があったときに間に合わない恐れがあり、とても仕事が手に付く状態ではない。

でも、今の「お見舞い」から「付き添い」に変えることの、適当な理由付けができないのだ。
お姫さんに一度、「付き添い」の話をしてみたことがあったのだが、
「同室の人たちもいるから、付き添いはしなくていい。今まで通り病院に来てくれればいい。」
と拒絶されてしまった。

それに、おとさんは、怖いのだ。
「お見舞い」→「付き添い」に変えることで、お姫さんに死期が近いことを知らせてしまうのではないかということが。。。
もし、そうなってしまったら、お姫さんの前向きな頑張りに水を差してしまう。。。
今は、そんなこと絶対にできない。できない。

一方、お姫さんの「死」への準備を少しずつ始めている自分もいる。
「お姫さんに本当のことをなぜ言わないんだ。自分だけ準備して。」と叫んでいる自分もいる。
自分の中で、いろんな「自分」が戦っている。。。。。

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2006年1月27日 (金)

現在の疼痛管理(1/26)

24日に薬を入れ替えたが、
・お腹の開口部周辺の痛みを含め、腹部の痛みが増している。
・日中の眠気が強くなってきている。
ことから、持続静注しているモルヒネの増量をせずに、
持続腰部硬膜外ブロック」を実施。
アナペイン(2mg/ml)を持続注入。
→手術終了時の傷口の痛みの緩和に用いられる。 
投薬の種類・量については、副作用・本人の疼痛の状況を見ながら決定。

「持続腰部硬膜外ブロック」実施時には、手術時と同様、治療後に起こりうる症状の説明を受けて、本人ともども承諾書にサインした。

起こりうる症状としては、
・下肢の力が入りにくくなる恐れがある。
・尿が出にくくなる恐れがある。
があるが、いずれも薬剤種・量変更で症状コントロールできると説明を受けた。

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2006年1月26日 (木)

皆さんに感謝。。。

今は落ち着いている。
昨日の先生の話では、若干尿の量が少なくなってきているが、大きく容態が悪化している感じではないとのこと。
先生は、最後にこう付け加えた。
「どこまで保たせれるか分かりませんが、なんとかがんばってみましょう。」

依然、お姫さんは大部屋で闘病生活を送っている。本人がまだそれを望んでいるから。
同じ部屋にいて、既に退院していったおばちゃん達も、お姫さんのことを心配し、外来に来たときに病室に立ち寄ってくれて、小物やお守りを差し入れしてくれる。

お姫さんも「皆に心配してもらって、本当に幸せ。。。」とよく言っている。

おとさんも皆さんに本当に感謝、感謝、感謝。。。。。それ以外の言葉がみつからない。。。。

でも、おとさんは時々個室を勧めるようにしている。やんわりと。
勧めるとはいっても、別に個室に移るよう説得するためではない。お姫さんの気が変わってきて、個室移動したくなったときにいつでも言い出しやすいように。。。。。

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2006年1月25日 (水)

そろそろ。。。。

昨日はお姫さんずっと眠かったらしく、ほとんど寝て過ごしていた。
おとさんがお見舞いに行っても、他愛もない話をして、それが終わると目をつむって眠っていた。そんな姿をおとさんはじっと見守ることしかできない。

腹水を前回同様1,500ml抜き、お腹のほうはだいぶ楽になってきたみたいだ。
だが、モルヒネの副作用か、だいぶ寝ている時間が長くなってきている。体もやせ細っているから、体も睡眠を欲しているのかもしれない。でも、痛みに苦しむ姿を見るよりは何百倍もましだ。

お姫さんが話をしているときの意識は、まだしっかりしている。でも、そろそろ「来る日」に向けての覚悟をしなくてはならないのだろうか。。。

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現状の疼痛管理(1/24)

1/24より、通常投薬が以下のように切り替わった。
・ 持続静脈注射(2.0ml/hourのスピード)
  サンドスタチン 6ml (600μg)
  ブスコバン      4ml ( 80μg)
 ドルミカム   2ml ( 10 mg)
  塩酸モルヒネ  30ml (300mg)→1/24に35ml(350mg)に増量
 ドロレプタン    1ml ( 2.5 mg)
  生理食塩水    6ml→とうとう0に。。。。
  計48ml(1日量)

※ドロレプタン(鎮静・制吐目的)と塩酸モルヒネ増量が行われた。
※投与には、シリンジポンプを使用。(レスキューで早送り使用できるため)
疼痛コントロールには最大限の努力をしてもらっているようだ。

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2006年1月24日 (火)

友達のお見舞い。

ブログの更新はボキたちを寝かしつけてからにしているのだが、ここ数日、ボキたちとそのまま寝てしまっている。

週末から月曜日にかけて、お姫さんの会社の仲の良かった友達が相次いでお見舞いに来てくれた。
こちらから特に連絡をしたわけではなく、先方から「しびれをきらして」お見舞いにということで来てくれたのだった。
その場におとさんはいなかったのでどのような話をしたのかは分からないが、友達とお話したことで少しでも元気づけられたのではないかと思う。
ただ、お姫さん曰く、「本当の病名は言っていない」そうだが。。。。

病状の方は、良くなる兆しがなかなか見えない。
お腹がかんかんに張ってきているので、月曜日の夕方、腹腔穿刺して腹水を1,500ml抜く処置を行った。
腹水を抜いたことで若干お腹の張りが引いて、おとさんが触っても分かるくらい弾力は出てきた。
先生のお話では、とりあえず腹水を抜くためのドレーンを留置し、火曜日・水曜日にも必要があれば連続して腹水を抜く処置を行うとのこと。

とにかくQOLを維持できるよう、祈るしかない。

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2006年1月22日 (日)

不覚。。。。

昨日は、不覚にもダウンしてしまった。
おとさんだけでなく、ボキとうーまで。。。。
幸い、ボキとうーはそれほど体調が悪くなることはなく、うーは昼過ぎ、ボキは夕方ころには元気になったのだが、おとさんは、高熱と激しい下痢に見舞われてしまった。。。

午前中のうちに近くの医院に行って、腕とお尻に注射を打ってもらったものの、結局1日中寝込むことに。。。。
お姫さんのところには、お姫さんの弟君と義母が行ってくれて、いつもと同じような状況だと教えてくれた。
今もまだ頭の奥が痛いが、寝てばかりもいられない。頑張らないと!

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2006年1月20日 (金)

うれしかった。

今日は、ボキの幼稚園の体育参観日。本当は義母に行ってもらうつもりだったが、風邪を引いて調子が悪かったので、おとさんが参加。
ボキは幼稚園に行くのになかなか慣れなくて、時々参観日に行っても、ボキ一人だけポツンと何もしていないことがほとんどだった。
(お家では活発なんだけどなあ。。。。)

今日もそうなることを、おとさんはちょっと覚悟していたのだが、いざ見に行ってみると、皆と一緒(というとちょっと無理はあるが。。。)に体操や運動ができるようになっているではないか!なんか、ちょっぴり泣けてきた。

動画デジカメでその様子を撮り、お姫さんをボキとお見舞いに行ったときに見せてあげた。
お姫さんも感激していた。
「ボキ、えらい、えらい!」と手放しの喜びよう。
ボキはちょっと恥ずかしそうにしていたが、お姫さんが頭をなでなでしてやると、本当にうれしそうだった。おとさんも一緒になって頭をなでまわした。
「今日は、すごかったな~」って。

おとさん・お姫さん二人で「よかった~」と、ほっと胸をなでおろした。

お姫さんの体調も、腹痛がなかなか治まらないが、それほど苦痛ではないといっている。
今日はいいことがあったから、お姫の体調もいい方向に向かいますように。

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2006年1月19日 (木)

やはり感じてきている。

昨日の採血の結果、白血球数が16,000個/μlと若干多めだったのだが、タキソテールの投与を予定通り実施してもらった。
輸血も無事終了し、だいぶトイレへ向かう足取りもしっかりしたものとなった。
だが、お腹の張りがかなり強くなってきており、痛みがまた出てきている。お腹を触ると明らかに以前よりも固くなってきている。

今日、お姫さんはこんなことを言い出した。
「もし、私が死んじゃったら、棺にきっちゃん(キティちゃん)のぬいぐるみいれてね。一緒にいく。」
おとさんが、
「でも、まだ死ぬと決まったわけじゃないよ」というと、
「決まってないよね。でも、やっぱり死ぬ覚悟がいるのかな。まだ覚悟出来てないから。」
とお姫さんは泣き出した。
「まだ、31年しか生きていないんだよ。なんでこんなことになっちゃうの?ボキやうーの大きくなる姿が見たい。。。うーと会話したい。。。」

おとさんも危うく涙がこぼれそうになる。

かける言葉が見つからないよ。。。。

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2006年1月18日 (水)

輸血1回目無事終了。

昨日火曜日は1回目の輸血を行った。なんとなく顔が血色よくなったような感じを受けた。
痛みも特に感じていないようだ。疼痛コントロールはうまくいってそう。
問題なければ、今日・明日と輸血を継続していく。また、今日、採血をして抗がん剤治療が可能か確認することになっている。
”抗がん剤治療は無理”と思われるかもしれないが、”抗がん剤治療を実施”することが、今のお姫さんにとって、”治りたい”という心のよりどころなのだ。

でも、お姫さんは「死」が遠くないところまで来ているのを感じているのか、こんなことを言った。
「ボキが幼稚園卒園するまで生きていられるかなあ。うーが幼稚園入園するの見れるかなあ。あと2年もあるのかあ。。。。」
「ボキやうー、かわいそうだよ。お母さんがいなくなるのよ。」

おとさんは一言、
「見れるよ、きっと。」というのがやっとだった。

お姫さんは、こうつぶやいた。
「ボキやうーのために、何かしてやりたい。。。。」
お姫さんの想いが痛いほど胸にしみた。彼女なりに、「死」への準備を少し始めたのかもしれない。

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2006年1月16日 (月)

友達のありがたみ。

先週の土曜日の深夜、迷いに迷っていたことを実行に移した。
それは、おとさんの大学・高校時代の友人にお姫さんの病状をメール連絡したのだ。このブログのURLも書いて。

そうしたら、皆がいろいろ励ましの電話やメールを寄せてくれたのだ。異口同音に「いつでも力になるから連絡くれよ」って。。。。本当に涙が出そうになった。

みんなの想いと、ここを訪れてくださる皆さんの想いのお陰か、一時は最悪2,3日かもと言われたとは思えないくらいにお姫さんは回復してきた。今日も特に苦痛なく過ごせたそうだ。ただ、先生とちょっと口論はして大泣きしたらしいけれど、相部屋の皆さんが自分達も大変なのに本当に親身になってくれて励ましてくれる。一緒に泣いてくれる。
このことも、お姫さんを支える大きな柱の一つなのだ。

今後のお姫さんへの治療は、貧血がひどくなってきたので、明日から輸血を6単位を3日間に分けて実施することになった。
また、ここのサポートメンバーの方から、ほぼ同一の状況で1ヶ月半QOLが向上したという患者さんの事例についてメールで教えていただいた。
このメールには勇気付けられた。(いつもお世話になってすみません。)

お姫さんにも、このQOL改善が起こることを祈ろう。

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2006年1月15日 (日)

力が出ない。。。

お姫さんの様子は昨日と同じ感じで特に変化はない。
ボキとお見舞いに行くと、待ちかねたようにいろいろと話し込む。

服の着替えを持っていったので、それをいろいろ入れ替えた後、服をいれているセカンドバックを棚の上(1.7mくらい)にお姫さんは持ち上げようとした。

ところがもう、顔より上にセカンドバックを持ち上げられないのだ。特別重いものが入っているわけではないのに。その姿をみて、おとさんは愕然とした。。。。。

おとさんが、「俺がやるから置いておきなよ。お腹も傷口痛むでしょ?」といっても、
お姫さんは、「できるから、自分でやる!」といって聞かない。
そういって、ベットの上に立ち上がり、なんとか一人でセカンドバックを棚の上に置く。
この負けん気は元気なときそのままだ。

お姫さんはまだ、「生きる」ことを諦めてはいない。

神様、せめて残りの時間を今の体力のままでいさせてもらえませんか。。。。
でも2日前の出来事を考えれば、贅沢なお願いでしょうか。。。。

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2006年1月14日 (土)

不幸中の幸いというべきか。。。

昨日、状況が大きく変わったため、一晩様子をみて今日の午前中にもう一度先生とお話する場を持つことにした。
朝から家(お姫さんの実家)に電話が鳴った。お姫さん本人からだった。声は元気そうだ。
「朝、また夜中から大騒動があったの。」
なんでも、手術跡の一箇所から体液が染み出てきたというのだ。

約束していた先生との話の中で、朝に何が起こったか聞いた。
① おそらく手術した箇所の吻合部が裂けている。(横行結腸か胃かは不明)
② 腹膜播種でお腹の中が癒着しているので、流れた腸液が行き場を失った。
③ 最も弱い手術跡の部分に腸液が漏れてきた。
④ 漏れてきた箇所を中心に穴を開け、人工肛門を設置した。
⑤ 流れた腸液が体外に出てきて、お腹の張りが緩和された。
⑥ 現段階の全身状態からすると、数日で亡くなることはないと考える。

幸いにも、お腹のなかが”かちかち”なおかげで流れ出た腸液がお腹全体にちらばらずに済み、全身状態が悪くならずにすんだというのだ。
加えて、”自然の人工肛門”ができ、お腹の圧力が下がり、お姫さんを苦しめていた腹痛や高熱がある程度おさまってしまったのだ

ボキやうー、おじいちゃん、おばあちゃんと皆でお見舞いにいったときも、昨日とは見違えるほど元気にしていた。皆でいろんなお話をすることができた。
お姫さんは、ボキやうーの頭を幸せそうになでていた。
「ボキ、うーちゃん。お母さん、二人のこと大好き!」といいながら。

手術の吻合部が裂けている以上、容態がよくなったわけではなく、いつ坂道を転がり落ちていくかは分からない。
でも、神様がお姫さんにほんのひと時かもしれないが、苦痛の少ない時間をくれたのだと思う。

話はちょっとそれるかもしれないが、お姫さんはまだ大部屋の病室にいる。本人には、個室への移動を何回か勧めてはみたが、断固拒否の姿勢なのだ。
そこには同じ癌患者の方が多くいて、”持ちつ持たれつ”の関係が成立していて、安心感があるとお姫さんは言うのだ。

だからあまり無理に個室に移動しろと本人を説得していない。
でも、おとさんとしては、体調がより悪くなったときのことを考慮して、先生にお願いして個室にいつでも入れるよう部屋を確保はしてもらった。

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急転直下。

最悪の展開になった。
先生とのお話は、おとさんは「次の治療方法の相談かな?」と思っていた。先生と向い合い、話し始める直前まで。

そんな甘い見込みは、一瞬で消え去った。
話を聞いたところ、お姫さんは以下の状況に追い込まれていたのだ。
① 未明にこれまでにない腹部の激しい痛みを訴える。痛み止め静脈点滴するもほとんど効かず。
② 39度ほどの高熱が続いている。
③ 朝の血液検査の結果、白血球数が21000個/ulと著しく増大。

これらのことから、”腸管破裂または腸管壊死による腹膜炎の可能性が高い”とのことであった。最も恐れていたことが起こってしまったのだ。

腸管破裂の場合、本来ならば緊急手術が必要だが、お姫さんの全身状態からすると手術を強行するのは本人を苦しめるだけの可能性が高く踏み切れないとの先生の判断だった。腹膜播種が原因でお腹のなかが”かちかち”で、腹膜炎があまり広がらないこともあるらしい。
手術ができないとなると、薬しか方法がない。

対応として、鎮痛剤の増量と抗生物質・鎮静剤の投与をし、お昼頃にはお姫さんは、落ち着きを取り戻したとのことだった。

おとさんは不安になって残りの時間はどのくらい残されているのかを聞いた。
先生は非常に言いづらそうにこう言った。
腸が破裂していて腹膜炎が一気に広がれば最悪の場合なら2、3日、そうでなくても、もって1月中でしょう

そんな馬鹿な。。。。。そんな馬鹿な話があってたまるか。
つい2週間前のお正月は、お姫さんは特に苦痛もなく家に帰ってこれたのに。。。。。
元気な頃と一緒というわけにはいかないけれど、それなりに楽しい正月を過ごせたのに。。。。。

これを聞いたあと、お姫さんを見舞った。
おとさんは、頭が真っ白になっていたのを何とか元に戻し、いつもと同じようにお姫さんに笑って話しかけた。一世一代の大嘘だ。。。。。
お姫さんは、痛みが治まったので穏やかな表情をしていた。いつものときと変わらない会話をした。
「アイスコーヒー飲みたいな。おとさん、飲まない?」とお姫さん。
「じゃ、買ってくるよ。砂糖ありでクリーム抜きね。」

自動販売機への往復の間、おとさんは涙がこぼれそうで仕方がなかった。でも必死でこらえた。

お姫さんのところに戻り、最初の一口をあげた。
おいしい~!」と満面の笑みをお姫さんが浮かべる。
こんな顔をみたら、もう残り時間が少ないなんて信じられないし、言えないよ。。。。

お姫さんを見舞った帰り道、病院から家まで車でどこの道を走ったのか、今思い出そうとしてもまったく覚えていない。
気持ちを落ち着けるために、音楽を大音量でかけながら周囲をドライブしたのだが。。。。

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現状の疼痛管理(1/13)

1/13より、通常投薬が以下のように切り替わった。
・ 持続静脈注射(2.0ml/hourのスピード)
  サンドスタチン 6ml (600μg)
  ブスコバン      4ml ( 80μg)
 ドルミカム   1/13に新規追加2ml ( 10 mg)
  塩酸モルヒネ  25ml(250mg)→1/13に30ml (300mg)に増量
  生理食塩水    13ml→1/13に6mlに減量
  計48ml(1日量)

※ドルミカム(鎮静剤)と塩酸モルヒネ増量が行われた。
※投与には、シリンジポンプを使用。(レスキューで早送り使用できるため)

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2006年1月13日 (金)

何の話だろう。。。

今日の出勤途中の電車の中で、携帯電話がなった。病院の看護師さんからだった。
”先生がお話ししておきたいことがあるそうなので、病院のほうまで来てほしい”とのことだった。
一瞬で仕事に行く気が失せた。駅そばの大きな書店で、コメントで教えてもらった緩和医療に関する本を物色して立ち読みした。
・・・・・・
今から先生の話を聞きに行く。
お姫のお腹が最近、だいぶ張ってきていることもあり、良い話ではないだろうことはある程度覚悟している。

どうか、深刻な話でありませんように。。。。

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2006年1月12日 (木)

6口のコーンポタージュ。

お姫さんからメールが来た。
「どうしてもコーンポタージュが飲みたくなったので飲んでいいか先生に聞いたら、数口ならOKって言ってくれたので、粉末タイプのものをお湯で溶いて飲んだ。」

これまで、お姫さんはコンソメスープのような”さらさら”なスープしか飲まないように先生から言われていたのだ。飲み物も口を潤す程度にしておかないと駄目なのだ。コーンポタージュなどの”とろみ”があるものはなるべく避けるよう指示があった。

メールはこう続いていた。
6口ほど飲んだけど、コーンポタージュってこんなにおいしかったのかって、本当に感激した。思わず泣いちゃった。早く普通の食べ物が食べられるようになりたい。。。

お姫さんが最も望んでいること、それは「普通の食べ物を食べる」こと。
豪華なものや、美味なものを望んでいるのではない。ただ普通のものを食べること。
それは健康な人からすれば何てこともなく、ありがたみさえ忘れているようなことなのだ。

おとさん自身含め、「食事ができる」ことがどれだけ幸せなことなのか、よく考えないといけない。

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2006年1月11日 (水)

現状の疼痛管理

疼痛管理の現状を知るため、使用している薬剤を確認した。

① 通常の鎮痛投薬
・ 持続静脈注射(2.0ml/hourのスピード)
  サンドスタチン 6ml (600μg)
  ブスコバン      4ml ( 80μg)
  塩酸モルヒネ  20ml(200mg)→1/10に25ml (250mg)に増量
  生理食塩水    18ml→1/10に13mlに減量
  計48ml(1日量)

・ 貼付剤(72hour毎貼替えから48hour毎貼替えに変更)
  デュロテップパッチ 5mg

② 疼痛増強時の痛み止め(レスキュー)
・ 高熱が伴わないとき
  点滴静脈注射
  塩酸モルヒネ1ml(10mg)+生理食塩水100ml
・ 高熱が伴うとき
  ボルタレン坐薬 25mg

今後疼痛が増強したときには、デュロテップパッチの増量・持続静脈注射内の塩酸モルヒネ増量で対応。

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2006年1月10日 (火)

こ、腰が。。。。

ここ数日、おとさんの腰が痛い。
ボキやうーを抱きまくってたせいで疲れてるのかな?パソコンしてるときの座る姿勢が悪かったか?それにしても軟弱だな。

お姫さんの体のことばかり考える日々で、おとさん自身の健康管理はほめられたものではない。お姫さんが病気の告知を受けてからおよそ7ヶ月、おとさんは体重が6Kgも増えてしまった。どうもおとさんはストレスを受けても、やせていくほうにはいかないらしい。
食欲もあまり落ちなかったし。「何もする気が起きない」時がよくあったので、運動量が大きく減っていたのかなあ。
これでは、成人病予備軍の仲間入り必至だな。なんとかしないと。。。。
おとさんまで倒れたら洒落にならない。。。。

子供達も、ストレスを溜め込んでるんじゃないかなあ。ボキもうーもどこにも遊びに連れて行ってあげれていない。
おとさんは。。。。あ、行ったな。。。。サーキットにレース写真撮りに2回ほど。(爆)
でも、友人や会社の同僚と外食したことは一度もないなあ。歓送迎会や忘年会、おまけに新年会も全部パス。今の精神状態で外で酒なんか飲んだ日にゃ、自分が理性を保ったままいられる自信がまったくないよ。。。。

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2006年1月 9日 (月)

お姫の疼痛管理

お姫さんが痛みを訴えるようになってきたので、現状の疼痛管理がどうなっているか思い出してみた。問題があるとすれば、改善してもらわないといけない。
今は主に、腹部の痛みを訴えている。
本当なら先生に話を聞ければよかったのだが、あいにく今日は非番なのか病院に出ておられなかったので、覚えている範囲で以下に記す。

・フェンタニルパッチ貼付
 【72時間毎貼り替えが基本だが48時間毎に変更してもらった】
・腸閉塞対策として、酢酸オクトレオチド(サンドスタチン)+モルヒネを持続皮下注射。
 【携帯型ディスポーサブル注入ポンプを使用】

本人が痛みを訴えたときには、
・熱を伴わない時には、モルヒネを点滴静注。
・高熱が伴う時には、ボルタレン坐薬を投与。
(薬剤分量は知らない・・・確認しないと。。。)

「がん緩和ケアに関するマニュアル」と比べても、それほど見劣りしない対応をしてもらっているような感じを受ける。
主治医の先生は疼痛管理に際し、麻酔科の先生と相談して薬剤を決定していると、以前に話していた。

ということは、先生と我々とのコミュニケーション不足が問題なのかもしれない。
まずは、お姫さんの「薬の入れすぎは良くない」という先入観を取るのが第一という気がしてきた。

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2006年1月 8日 (日)

今度は痛みがきた。

昨日、お姫さんを見舞ったときのお姫は、お腹の痛みに襲われていた。
前までの高熱と体のだるさは、だいぶ楽になったとのことだった。
10月頃から妊婦さんのように大きくなったお腹は、かなり固くなってしまっている。前回のタキソテール投与のときは、次の日に劇的にお腹が柔らかくなったのに。

今回は、薬が効いている実感がないことがお姫さんには悔しく、なおさら痛みが応える。
もちろん、おとさんも悔しい。

「痛み止めの点滴をしてもらったら?」とおとさんはお姫さんに話しかける。
「さっき、してもらったばっかりだし、そんなたくさんできない。」

”モルヒネの量はそんなに多くしていない”と聞いているから、あまり我慢しなくても大丈夫だよとおとさんは言うのだが、
「そんな薬ばかりいれるのは、いやなの!」と言ってお姫さんは聞かない。

痛みに耐えるのに体力はあまり使ってほしくないのだけれど。。。

でもよく考えたら、現時点で実際に投与している痛み止めの薬剤の分量を、先生から聞いていない。まずい、ちゃんと聞いておかないと。。。

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2006年1月 6日 (金)

ジェットコースター。

昨晩、お姫さんを見舞いにいったら、前日とはまるで別人だった。。。。
夕方の6時頃から猛烈な寒気に襲われ、布団を首まですっぽりかぶっているがぶるぶる震えている。
また、38.5度の熱が出ているらしい。体のだるさも訴えている。
ここ2週間くらいは体調が悪くなっては薬で持ち直し、薬の効果が薄くなればまた体調が悪くなる、というパターンの繰り返しだ。
お姫さんは、消え入りそうな声でささやく。
「もう、こんなにしんどいのつらい。。。何回も何回も。。。」
おとさんは、こういうしかなかった。
「ほんと、つらいなあ。。。」
こんなとき、なんて声をかければいいんだろう。。。。

「もう、熱下がらないで、このまま体力消耗して、死んでいくのかなあ。。。」
「そんなことない。熱は下がってくから。」
おとさんはそういうのが精一杯だった。

お姫さんの顔を手のひらでなでてなぐさめた。元気なころと変わらない、すべすべのお肌だった。
信じられないよ。。。。

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2006年1月 5日 (木)

タキソテール3回目投与。

最近、お姫さんは高熱に悩まされている。
でも、何とか無事昨日、タキソテール3回目投与が終わった。
前日夜からの高熱をボルタレン坐薬で押さえ込み、直前の血液検査で白血球が10000と正常値より多めであったが、抗がん剤投与再延期は避けたかったので無事投与できてよかった。

おとさんが夜に見舞いに行ったとき、お姫さんは、熱もあまりなく痛みもそれほどない状態ですっきりとした顔をしていた。今のお姫さんにとっては何より、「治療ができた」ことが嬉しいのだ。
「無事治療できて良かったんだけど、また2、3日したら体がだる~くなったり、吐き気が出てくるのよねえ。」とお姫さん。
抗がん剤と一緒に入れている薬(ステロイドと制吐剤)の効果が薄れてくるのだから仕方ないけれど、タキソテールの副作用がなるべく出ないように、おとさんは祈っている。

病院からの帰り際に気付いたが、お姫さんの顔もだいぶやせてきた。今までは体だけが痩せ細っていて、顔にはあまり出てなかったのに。。。

大変な思いをしているんだから、当たり前だよな。

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2006年1月 4日 (水)

つかのまの息抜きしたが。。。

昨日は、自宅から車で1時間の所にあるおとさんの実家にボキとうーを連れて帰っていた。
会社も今日から始まるので、その前に自分の両親と話をしたいと思ったのだ。

普段は、お姫さんの実家で家族みんなでお世話になっているのだが、やはりいろいろと気を遣ってしまって言いたいことがなかなか言えない状態なのだ。

実家に帰って、現在の状態・今後のこと・子供達のことなど、考えていることを両親と話をした。両親も本当に心配してくれているのが分かる。
「お金は大丈夫か?足りてるのか?」と親父が尋ねてくる。
高額療養費支給で戻ってくるとはいえ、一時的には家計から月40万円近いお金が出て行ってしまうから、金銭的負担は決して軽くない。
「きついけど、なんとかやりくりできてる。」とおとさん。
「足りなくなったらいつでも相談しにこい。力になってやるから。」と親父。
その気持ち、本当にありがたかった。。。。何より、話を聞いてもらえたことで気持ちがたいぶ和らいだ。

おとさんにとっては、つかの間の息抜きができた。

だが、お姫さんからのメールで現実に引き戻される。
「体調が最悪。お腹がかなり張ってきた。痛み止めがなかなか効かない痛みと39.4度の高熱に苦しんでいる。」と。
正月、あんなに穏やかに過ごせたのに。。。

よりによって今日4日は、先週体調不良により延期した抗がん剤タキソテール3回目投与の日。。。。
どうして抗がん剤投与前になると、体調が崩れてしまうんだ。。。。このままではまた投与が延期されてしまう。。。。

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2006年1月 2日 (月)

家族みんなで新年を。

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
我々にとって、本年は試練の年になるかもしれませんが、精一杯やっていきます。

大晦日、お姫さんは夕方に帰ってきた。
幸いお姫さんを苦しめている、吐き気と高熱は治まっている。ただ、足のむくみがひどいので、病院から出るとき、おとさんが車椅子で車のところまで連れて行った。
家に帰ってから、じいちゃん、ばあちゃん含めて、みんなで食卓を囲んで鍋を食べた。おとさんにとって、この鍋は本当においしく感じた。お姫さんが帰ってきてくれると、こんなに味覚が違うものなのか。
その後は紅白歌合戦を見ながら、年越しそばを食べることができた。家族みんなで。

元旦の朝。
うーが一番にふとんからもぞもぞと動き出す。うーは、おとさん、お姫さん、ボキの頭の上に横になっている形で寝ている。
おとさんが、自分の頭の上のうーが動いているのを感じて、お姫さんとおとさんの間にうーを寝かせる。
それに気付いて、お姫さんは起きた。うーと目があったらしく、
「うーちゃん、かわいい!」「うーちゃん、大好き!」と満面の笑顔で話しかけた。うーもそれに応えて、満面の笑顔。
ボキもお姫さんの横で、むっくりと起き上がる。
「ボキ、おはよう!。ボキも大好きやよ!」
お姫さんは、つぶやく。「幸せ。。。。ずっとこうしていたい。。。。」

それから、夕方まで、お姫さんの体調が崩れることなく、本当に穏やかなお正月が過ごせた。
おせちを食べて、ボキやうーにお年玉を渡して、テレビを見て。。。。
元気な人なら、ほんとに普通のなんでもないお正月の光景なのかもしれない。でも、私たちにとってはそのことが本当に貴重な時間に思えたのだった。

これからも、こんな時間をいっぱい過ごしていけたら。。。。

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