参考にした本(その2)
「胃ガンのすべてがわかる本」(学研)
スキルス胃がんになっていることが分かって、初めて買った本。胃がんのことに関する基礎知識をかなり深く手に入れることができた。先生たちの間で、「ご主人はかなり勉強してる」と評判になった。(笑)
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「胃ガンのすべてがわかる本」(学研)
スキルス胃がんになっていることが分かって、初めて買った本。胃がんのことに関する基礎知識をかなり深く手に入れることができた。先生たちの間で、「ご主人はかなり勉強してる」と評判になった。(笑)
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「再発胃癌治療ガイドブック」(南江堂)
再発が分かってから、本屋で本を探し回っていたときに見つけた。内容はお医者さん向けで、論文的な記述や専門用語が多くて骨が折れたが、治療方針や最新治療の基礎知識を勉強するのに非常に役立った。
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2005年10月7日
抗がん剤治療(FP療法)を4週実施し、CTで効果確認をすることとなった。
その結果をおとさんとお姫の二人で聞く。最初、お姫は「おとさん一人で結果聞いてきて。」とかなりびくびくしていた。それもそうだろう、いままで先生からの話を聞いたときに一度だっていいことを言われたことないんだから。。。。
そんなお姫をおとさんはなだめて、一緒に話を聞くことにした。
「CT所見では、特に悪化しているようには見えない。ただ、良くもなってはいない。」とのことだった。とりあえずこの言葉に一安心。進行が止まったように見えるというだけでも、お姫もすごく安心していた。タキソール使っていたときのCT像は素人が見ても明らかにおかしいと分かるくらいだったから。
今後の治療については、現状のFP療法は進行をとめるだけの効果しか期待できないとのことで、当初予定の「タキソテール」投与を決定。休薬期間を設けた後、来週水曜日から「タキソテール」投与に踏みきる。
なんとか、がんが縮小するところまで効いてほしいと思う。
そして今日は、お姫が外出許可をもらって家に帰ってくる。いろいろ買い物とかがしたいみたい。楽しみだろうな。
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2005年9月中旬
お姫の検査の結果、やはり腸閉塞を発症していることが分かった。
注腸検査をしたところ、直腸のすぐ上で閉塞があり、CT所見では他の箇所でも腸の狭窄が起こっているということだった。
おとさんは、がんの進行が進めばこのような状況になることは予測の範囲だったが、抗がん剤投与しているのだから、数ヶ月先くらいだと楽観視していたのだ。まさかこの状態になるのに1ヶ月そこそこしかかからないなんて。。。
もうお姫は、食べることができないのだ。食べたらそれが腸にたまるだけ。。。栄養をとるにはもう点滴しか手段がなかった。即、入院となった。
お姫にも今起こっていることは隠さずに話した。それと、「死んでしまうかもしれない」ということも。。。これにはお姫も大ショックを起こし、ふさぎこんでしまった。。。
告知しないほうがよかったんだろうか。。。。いや、告知して正解だと信じよう。
先生の話では、抗がん剤もどうも奏効していないので、「タキソテール」に変更するとのことだった。これまで使っていた「タキソール」と同じタキサン系抗がん剤だ。
ところが、治療する直前にお姫は高熱を出してしまった。どうやら腸閉塞起因で細菌が血中に出てしまったとのこと。抗生物質でおさえにかかるが、タキソテールに耐えられる体調ではなくなってしまった。
抗がん剤治療を何もしないではまずいとのことで、副作用があまり強くない「5Fu+CDDP」(FP療法)に急遽切替えることになった。
これでがんを抑えることができればよいのだけれど。。。。
現在、おとさんは必死に専門書を読み漁り、抗がん剤治療について勉強中。。。先生の言いなりに治療を受けるというのは絶対にいやだから。おとさんやお姫が副作用・奏効率含めすべて理解したうえで、治療法を選択したいから。。。
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2005年9月初旬
お姫が退院してきて、1ヶ月がたった。
8月中は、週に1回の抗がん剤治療(タキソール単剤)を受けつつも、食事も取れ、お家ではボキやうーともいっぱい遊び、疲れたら横に寝る。
何をしているときでも、お姫は穏やかないい顔をしていた。
抗がん剤の副作用がでるかもしれないと、女性用かつらも購入しにいった。おとさんとお姫の2人で。最近のかつらは、髪の毛の色にちゃんとグラデーションがついてるんだよね。
これをみたお姫は、「毛が抜けてきたらいろいろかつらの髪型変えて楽しもっと♪」とずいぶん前向きになってきた。
このままうまく抗がん剤が効いてくれないかなと、おとさんは期待してしまった。
その矢先だった。9月に入った頃だ。
お姫が便秘を訴えるようになってきた。外からみてもはっきり分かるくらい、ぷっくりと腫れてくるのだ。おとさんはいやな予感がした。「腸閉塞???」
そうこうしているうちに、お姫の食欲も落ち、下腹部が膨らんでくるようになった。
これは完全におかしいとおとさんは思った。
「次の抗がん剤治療待ってないで、病院いってきなよ。」というしかなかった。
これは再入院になってしまうんだろうな・・・・orz
それにしても、これが再発だとしたら、あまりにも早すぎるよ。。。。
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2005年7月末
手術後、特にトラブルもなくお姫は順調に回復し、無事退院することとなった。
ご飯もなんとか食べられるようになった。手術直前は、吐きまくってあまりにもつらかったので、鼻からチューブを入れてもらって吐かない様にしていたもの。(鼻チューブもかなりきついらしいけど。。。)
あとは、外来で抗がん剤治療を進めていく。
使用する抗がん剤は「タキソール」。腹膜への浸透が他の抗がん剤よりもよいとのことで決められた。
TS-1(経口抗がん剤)は使わなかった。副作用が大きくなるかもしれないからって。
おとさんはてっきり「TS-1+タキソール」で行くと思っていたんだけどな~。食べられるようになったんだし。
抗がん剤が効いてくれて、一日でも長くお姫がお家にいられるように、神様に祈ろう。
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2005年7月初旬
手術前、お姫には手術をすればすべて悪性のものは切り取れるといって、なんとか手術を受ける気にさせていた。腹膜播種がある可能性については、お姫には伝えていなかったのだ。
先生と相談し、「手術中に見つかった」ということにして、お姫に話することにした。残ってしまったものについては、これからの抗がん剤治療でつぶしていくんだといういことを。
お姫本人にこのことを告げたとき、がん告知したときと同じくらいのショックを受けていたようだった。
ここはなんとか前向きな気持ちを持ってもらいたいと思う。
でも、そのためにまたひとつ嘘をついてしまった。「死んでいくわけではないから」って。
これからの治療は「命がけ」でやっていかないといけないのに。。。。。
今は言えなかったけれど、いつかは言わなければいけない日が来る。いつかは。。。。
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2005年7月1日
手術の日。12時頃から手術室に入った。
それから6時間、お姫はよくがんばった。本当にがんばった。
集中治療室に運ばれていった後、先生から手術の説明の結果報告を受けた。
切除された胃は、白っぽかった。十数cm四方くらいの大きさがあり、かなり大きい。
こいつがスキルスがん。。。
「胃の3分の2切除と横行結腸を切除し、ほとんどのがん細胞は取れました。ただ、腹膜に米粒大の播種がかなり存在していて、これは切除できませんでした。」
事前のCTで腹膜播種があることはある程度予想していたが、実際に話を聞くとずっしり重い。。。
手術で取りきれなかったとなると、後は抗がん剤治療にすべてを託すしかない。
あと、本人にも手術ですべて取りきれなかったことをどうやって告知すべきなんだろか。先生と相談しなきゃ。
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2005年6月下旬
おとさんは、先生から画像データを借り、セカンドオピニオンを受けに病院まわりすることにした。
癌専門病院や大学病院を4箇所ほど回った。でも、それらの先生方の意見は、今の先生となんら変わらないものだった。治療法も特に目新しいものもなかった。。。。
これにはかなりがくっときたが、これなら今の病院で治療受けてもそんなに変わらないなあと思った。
治療法は「外科手術による胃部分摘出+横行結腸切除、術後は抗癌剤(TS-1+α)による治療」ということだった。
というわけで、6月24日、お姫本人にも病名を告知した。余命はいわないようにしてもらった。本人はかなり取り乱したが、家族みんなで聞くようにしたので意外と落ち着くのも早かった。
おとさんがセカンドオピニオンを受けている間でも今の主治医の先生方は治療計画を検討してくれていたようで、手術は7月1日と連絡があった。これはお姫の31回目の誕生日。
他に大きく転移がないよう、ひたすら祈った。
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告知を受けてから、お姫の実家に戻った。子供たち2人と遊んでいるときもずっと上の空だった。どうやって話をしようか、ずっと考えていた。
でも、黙っててもいつかはばれる。何より自分ひとりでこんな重いこと支えきれる自信がない。。。。。自分自身ががんになることはあるかもしれないなとは、漠然に心配はしていたが、まさか自分の嫁さんにそれが降りかかってこようなんて、夢にも思わなかった。
意を決して、お姫のお父さん・お母さん・それとお姫の弟に病院で聞いたことすべてを話した。何一つ包み隠さず。。。。
みんなかなりショックを受けていた。特にお姫のお母さんには特に堪えたようだ。
おとさんは最後にこうやって皆に宣言した。
「来週から会社休んで、セカンドオピニオンを受けに行ってきます。なんとかお姫を救える方法をもつ病院がないか探してきます。」
おとさんが出発するとき、お姫のお父さん・お母さんが交通・治療費の足しにとお金を援助くださった。
なんとか皆にいい話ができるよう、がんばってこようと思っていた。
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2005年6月17日:
おとさん一人で先生から検査結果を聞きに行く。お姫にはまだ検査結果は知らされておらず、癌であることもまだ知らないから。
「スキルス胃がん(ステージ4)・大腸への直接侵潤・腹膜播種の疑い」
「治療法としては、①化学療法(抗がん剤)のみ、②外科手術(姑息手術)+化学療法があるが、状況はかなり厳しい」
「余命はどのくらいか分からないが、奥さんの症例だと半年~1年以内に亡くなる方が多い」
頭が真っ白になる台詞ばかりだった。
検査結果とあわせて、先生は「本人に告知する前に、セカンドオピニオンを受けてはどうか」という提案をしてくださった。そこで、おとさんは癌専門病院・大学病院の腫瘍科等に紹介状を書いていただく様にお願いした。
おとさんは、思い悩んだ。お姫にはこのことをどう説明すればいいんだろう。。。自分が癌になっているなんて、夢にも思っていないだろうし。
お姫のお父さん・お母さんや自分の両親にもどう説明すればいいんだろう。。。
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最初にこれまでの経緯を。
2005年6月初旬 :
お姫が、食べ物が胃でつっかえている感覚があって気持ち悪いと訴える。
かかりつけの医者に診てもらった。エコー検査をしたが「消化不良」ということで、消化を助ける薬だけもらう。
2005年6月14日 :
お姫の症状改善せず。おとさんが別の医者に診てもらうように助言。本人も不安になったらしい。別の医者でもう一回エコー検査を受けた結果、即紹介状を持って総合病院へいくように言われた。
総合病院で再検査を受けた結果、お姫はそのまま検査入院ということになってしまった。
会社で働いているおとさんの携帯に、「検査入院になってしまったの」と泣きながら電話してきたときの声は今でも忘れない。
連絡を受けてすぐ会社を早退して病院へ。
病室でのお姫は、生まれて初めての病気入院ということでちょっとショックで落ち込んでいる。
なんといって慰めていいか分からないので、「子供たち産んだときも入院したじゃない」と励ましになってるのかどうか分からないことをいうおとさん。
そんな話をしている横で主治医の先生がお姫に分からないよう、おとさんに手招きをしていた。。。。
行ってみると相談室に連れ込まれた。背筋に冷たいものが流れた。衝撃の宣告を受けた。
「残念ながら、奥さんはスキルス胃がんに冒されていて、かなり進行しています。」
「・・・は??」
「幽門付近の癌が大きくなって胃の出口をほとんどふさいでしまっています。消化不良みたいに感じたのは、食べ物が胃を通っていかないからです。」
「・・・・・・・・」
おとさんは自分が「癌家系」かもしれないので、癌に関する知識はある程度持っていた。
スキルス癌がどんなものかも。。。悪い冗談だぜ、夢なら覚めてくれ。。。。
先生はこうおっしゃって話を打ち切った。
「これから全身を検索して、他に転移がないか検査しましょう。本人への告知はそれからで。」
先生との話のあと、お姫のところへ戻って話しをした。何も聞いていないように平静を装って、話をした。
いったいおとさんは、どんな顔して話をしていたんだろう。。。。
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