2006年3月 2日 (木)

ありがとうございました。

お通夜・葬儀は2/28,3/1の両日で滞りなく終わりました。
ボキが「抱っこ」をいっぱいせがんでくるので、おとさんも余裕が全くなくなり、式典中でもお見苦しいところをお見せしたかと思います。
どうぞ、ご容赦ください。
多くの方々にご参列いただき、本当にありがとうございました。
天国のお姫さんも、きっと喜んでいると思います。

おとさんは、これからしなければならない仕事ががたくさん待っているのに、今日は完全に「抜け殻」状態です。。。
去年の6月、非情の宣告を受けたときと同じような。。。
お姫さんの会社への死亡退職手続きに関する連絡と、クレジットカードの停止をしただけで精一杯でした。。。
でも、ボキやうーは、いつもどおり元気です。
と書いていると、たった今、ボキがおとさんの膝の上でネンネしていきました。
ボキもやっぱり疲れてるのかな。。。

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2006年2月26日 (日)

お姫は天に召されました。

本日、午後4時45分、お姫さんは天に召されました。

朝から呼吸困難がずっと続いていたのですが、午後4時20分頃から突然血圧が低下し、静かに息を引き取りました。本当にあっという間に、亡くなってしまいました。
危篤状態になってから、お姫さんの実家で待機していた家族を呼び寄せ、本当にギリギリで間に合いました。
ボキやうーが騒いでいる声を2分くらい聞いた後、静かに逝きました。
お姫さん、きっと頑張ってボキやうーが来るのを待っていたのだと思います。
ボキやうーの声を最後に聞かせることができて、本当に良かった。

最後になりましたが、皆さんにいっぱいお祈りして頂き、本当にありがとうございました。
お姫さんの分もあわせて、御礼申し上げます。

ごめんなさい。今日はまだ頭が真っ白です。。。。

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何とか戻ってきた。

酸素マスクをつけたままの状態だが、呼吸は比較的落ち着いている。
酸素飽和度は92%まで回復した。
血圧・尿の量も問題ないが、熱が39度を超えているのでつらそうだ。体温調節がうまくできないのか。
先程お姫さんが目を覚ましたので、ボキやうーのことなど、いろいろ話し掛けた。
目立った反応はなかったけれど、お姫さんはおとさんの方をずっと見ていた。
しばらくすると、お姫さんは疲れたのか、目をつむって眠っていった。

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また。。。

日が変わったあたりから、また呼吸が乱れだす。酸素飽和度が再び70%まで低下。
しばらく酸素マスク着用するが、なかなか90%台まで戻らない。
昨日のお昼は、お姫さんが大好きだった、安室奈美恵や華原朋美や浜崎あゆみの曲を気持ち良さそうに聞いていた。
ここ数日の中では、意識も一番しっかりしていて、いろんな話ができたのに。それなのに、また昨晩と同じ目にあうなんて。。。
今もお姫さんの好きな曲を耳元で流して、一生懸命頑張っている。
皆さん、お姫さんに力を貸してください。。。

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2006年2月25日 (土)

乗り切ったが。

お姫さん、何とか乗り切った。
吸痰・導尿処置実施。
かなり息苦しそうにしていたが、酸素マスク着用で酸素飽和度98%に回復。血圧や尿量問題なし。
ただ、酸素マスクはもう外せないかもしれない。
肺の機能低下で、全身に必要な酸素が供給できなくなって来ているらしい。
もう苦しむことがありませんように。。。

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容態悪化。

容態突然悪化。
突然苦しみだした。
血圧は問題ないが、酸素飽和度73%にダウン。救急処置中。
何とか乗り切ってほしい!

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2006年2月24日 (金)

またも厳しい状況が。。。

昨晩に投与したコントミンは、若干の効果があったようで、その前の夜と比べて1時間ほど連続して眠れるようになった。
だが、未明から激しくなっていた痰の絡んでいるような咳が気になったので、朝の回診で先生に状況を報告したところ、胸のレントゲン撮影をしようということで、撮影してもらった。
おとさん、何かいやな予感がした。
昨日1日を通じ、お姫さんを苦しめている疼痛は、なんとかコントロールができている状態だった。何度か痛みを訴えることがあったが、鎮痛薬をレスキュー投与してもらい、うまく疼痛を抑えていた。

午後4時頃、お姫さんは病室内をふらふらと歩きながら、おとさんにこう言った。
「病室の外にお散歩がしたい。」
「車椅子に乗ってくれるんだったら、いいよ。」
その後15分ほど、車椅子を押して、病院内を散歩した。
殺風景な病棟の廊下を行ったりきたりしただけだったが、病院のベランダのところから見える桜の木を見て、おとさんはお姫さんに話しかけた。
「みんなで去年みたいにお花見できたらいいね。」

午後5時半過ぎ、主治医の先生が朝に撮ったレントゲンについて話がしたいということなので、カンファレンス室で話を聞いた。
おとさんのいやな予感が的中した。以下のような、厳しいお話だった。 breast
・がん性胸水の所見がみられる。
・経皮的動脈血酸素飽和度が95%に低下。
・今後、呼吸困難が数日後に発生の可能性大。
・余命については、来週末までもつかどうか。

今まで、先生の「年内もつかどうか」「1月いっぱいもつかどうか」を乗り越えて、お姫さんはここまで頑張ってきた。その分、痛みや吐き気など、苦しい思いを本当にたくさんしてきた。その上、呼吸困難という更なる苦しみまで受けなければならないのか。
加えて、現在起こっているせん妄も、かなりひどくなっている。
お姫さんが落ち着いた今、これを病室で書いているが、夜はもう会話がまったく成り立たない。
会話ができなくてもいい。これ以上苦しまなくても済むのであれば。。。

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2006年2月22日 (水)

ストレスに胸が詰まる。

お姫さんの付き添いについては、お互いの実家の協力でほぼ終日、誰かが付き添える形ができた。
おとさんは、23:00~10:00、15:00~17:00、18:30~21:00にお姫さんの付き添いをすることにして、間の時間を他の家族についてもらうようにした。

ただ、どうしても折り合いが付かない時間があった。
それが、21:00~23:00までの2時間だった。この2時間は、おとさんはボキの世話&寝かしつけに、家に戻らねばならなかった。他の家族もこの時間帯だけは無理だった。

昨日21:00になったので、おとさんはお姫さんに「いったん帰るね。」と言って、家に戻ったのだが、戻っている間の”空白時間”にこんな出来事があったと、後で看護師さんから聞いた。
おとさんが病室を出てしばらくしてから、お姫さんが、
「私の旦那さんはどこいっちゃったの??」と
大騒ぎして号泣したというのだ。
看護師さんが「ボキちゃんとうーちゃんの世話に家に帰ったよ。」といっても、
「私の旦那さんはどこいっちゃったの??早く呼んできてほしい。。。」としばらくの間、泣き続けていたらしい。
おとさんが帰っていったことを、ある瞬間に突然忘れてしまうのだ。

お姫さんとの会話も、もう、成立しないことの方が多くなっている。
お姫さんが話す言葉も、不明瞭で聞き取れないことが、顕著になってきている。

会話がうまくできなくなることが、これほどストレスを覚えるものだとは、思いもしなかった。
聞き手のおとさんでさえこんな状態なのだから、「自分の言っていることが理解してもらえない」お姫さんが感じているストレスを思うと、本当に胸が詰まる思いだ。
なんとかこの状態から抜けられないものかな。。。

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2006年2月20日 (月)

良い病院って。

おとさんの今の寝床は、お姫さんのベッドの横の床。
だが、お姫さんがなかなか長い眠りをとることができないので、傍らに座っていることが多い。さすがに午前3時を過ぎると、おとさんも寝床に入るのだが、お姫さんの痛そうな声で現実に引き戻される。
そばにいてあげること以外何もしてやれないことが、もどかしくて仕方がない。

麻酔科の先生が、病室まで心配して様子を見に来てくれたので、おとさんはお姫さんの夜の状況を話した。麻酔科の先生も、いろいろ手を尽くして下さっていてくれるが、なかなかお姫さんの疼痛コントロールができなくなっているのが現状だ。
ゆっくりと、確実に、お姫さんの容態は悪くなっていく。

話は変わるが、TOMさんから教えていただいた、個室変更に伴う差額負担の件について、資料を添付して病院側に確認を求めたところ、看護師長の方から話を伺うことができた。
「私の一存では決められないが、個室に移った経緯を考えると関係者と調整して前向きに対応させていただく」との回答をいただいた。差額は払わずにすみそうだ。

最後、看護師長の方はこうおっしゃっていた。
「いい資料をありがとうございます。私達ももう一度勉強しないといけませんね。」と。
謙虚な姿勢に心を打たれた。
看護師さんも、先生方も、みんなお姫さんに親切にしてくれる。
同じ”がん”で戦っている、患者の方も。
抗がん剤について説明してくれていた薬剤師の方は、今でも病室に回ってきて、一緒に泣きそうになって話を聞いてくれる。
今までに、お姫さんがここまで生きてこられた最も大事な要素である、「生きる気力」を、いろいろな方からたくさんもらった。
施設はちょっと古いけれど、この病院でお世話になって、本当に良かったと思う。
最新の治療法が実施できたり名医がいることが、必ずしも良い病院とは限らないと、おとさんは強く思った。

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2006年2月19日 (日)

昨日も同じ。

お昼過ぎ、お姫さんの会社の同期の方と先輩の方が、綺麗なお花を持ってお見舞いに来てくれた。
お姫さんにも了解をとって、5分ほど面会してもらった。お姫さんも多少は気が紛れたのではないかと思う。

昨晩も、お姫さんに一晩付き添いしてきた。
病状は特に変わったことなくきている。
でも、お腹はもうパンパンに張っていて、お腹の皮膚に艶が出てしまっている。見ていていたたまれなくなる。
また、お姫さんの睡眠不足の状況はほとんど変わっていない。
深夜はレスキューで入れた痛み止めが効いていたのか、お姫さんは1時間弱ほど眠れていたが、午前3時を回ると30分ごとに痛みで目を覚ます状態が朝まで続いた。
おとさん自身もかなり睡眠不足。今から少し仮眠しないとな。。。zzz

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2006年2月18日 (土)

睡眠不足。。。

今、病院から帰ってきた。
昨晩、一晩中ずっとお姫さんのそばで付き添いをした。
病院から昨晩夜9時頃一旦お姫さんの実家に帰り、そこで待っているボキをお風呂に入れ寝かしつけた後、夜11時過ぎに病室に戻った。
一緒にいて気付いたのは、お姫さんがまったく寝つけていないということだ。
「居眠り→横になって睡眠→痛みで目が覚める→トイレor吐く」を25分間隔で繰り返す。
現状の薬での疼痛コントロールが効かなくなっているということか。
巡回に来てくれた看護師さんと話をして、薬の配合を再度変更してもらうことをお願いしたが、既に先生にお願いしてくれているとのことだった。
なんとか睡眠を取れるようにして、体力を温存させてやらないと。。。

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2006年2月17日 (金)

個室に移った。

お姫さんが頑強に嫌がっていた個室も、今回は一晩考えた結果、移動してもいいということになった。
もう5ヶ月近くにもなる再入院生活で、荷物が結構膨れ上がっていたので、病院に置いてあるショッピングカートを使って引越しをした。
個室でしばらくの時を過ごしたお姫さんは、
「ここの個室のほうが、前よりいいなあ。」と一言。よかった。
でも、次の瞬間、お姫さんは泣きながらこう言った。
「個室になった分、差額を余分に払わないといけなくなっちゃう。ごめんなさい。」
「お金ならなんとでもなるから、そんなこと心配しなくていいよ!」
おとさんは、そう返して、お姫さんを慰めた。

できるだけ、付き添いについてやりたいと思うが、小さい子供達の世話もあるので、なかなかおとさんが完全に付き添いということが難しい。
早く、お姫さんに寂しい思いをさせないで済む、いい付き添いのリズムを作りださないといけない。

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2006年2月16日 (木)

厳しい。。

昨日、おとさんは主治医の先生に現状について話を伺った。
予想通り、厳しい言葉しか出てこない。先生も話すのが申し訳なさそうだ。
要約するとこんな感じだ。
・以前とは別の箇所でまた腸管破裂が起こっている。
・幸いにも漏れたものは今度も手術創から体表に出てきた。(自然の人工肛門状態)
・体温/血圧は以前と変わらず、特に問題なし。
この状態で、命が続いていることが奇跡に近い。
・抗がん剤治療は中止せざるを得ない。もう体力的に厳しい。

去年末に「年内もつかどうか。。」という状態から、早1ヵ月半。
先生も本人の「死ぬわけに行かない」という気持ちが強くあるから、ここまで持っているのではないかとおっしゃっている。おとさんもそう思う。

お姫さんに個室に移ることを話してみた。
以前と違って、病室に居る他の方もだいぶ入れ替わりがあって、他の患者の方ともあまり話もしていないから。
おとさんや他の親族・家族も、お姫さんが個室に移ることを望んでいることを伝えた。
前ならば、「絶対いや!」と拒否していたことである。
でも今回、お姫さんはこういった。
「ちょっと考えてみる。」
個室への移動を強制はしない。本人が望むようにしてあげたい。

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2006年2月14日 (火)

今日はバレンタインデー。

今日は、おとさんも義母もいろいろ家事や用事があって、午前中病院に行くことができなかった。
お姫さんは、ここで突拍子な行動をとった。
家や、おとさんの会社や(お姫さん自身が言っているから本当かは分からない)、お姫さんの弟君に、携帯電話で電話を掛けだしたのだ。電話がつながると、何かを話すわけでもなく、こちらから呼びかけても無言状態なのだ。でも、後で本人に話を聞くと、電話した記憶もあまり残っていない。
きっと、寂しさを紛らわせるためだったのだろうが、モルヒネ(だけではないかもしれないが)によるせん妄がかなり出てきている感じを受ける。

ボキが幼稚園から帰ってくるのをまって、義母・ボキ・うーと4人で病院にいく。
お姫さん、大変な状態ではあるが、今日はバレンタインデーであることはしっかり覚えていた。
義母にチョコレートを買ってくれるように事前にお願いしていたらしい。

お姫さんは、ボキやうー、おとさんにチョコレートを手渡ししてくれた。
うーは訳がよく分かってなかったけど、ボキは包みをあけると中に新幹線のチョコレートが入っていたので、大喜び!そんなボキをみて、お姫さんも本当にうれしそう。
久しぶりにうれしそうな顔が見れた。こんな状態で居続けられたら、どんなにいいだろう。。。

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2006年2月13日 (月)

ジレンマ。

激しい痛みが出て来たときのレスキュー投与があまり効かなくなってきている。
そのことが、お姫さんを精神的に追い込んでいく。
今までは効いていたものが効かなくなっていくことの絶望感といったら、たまらないものだろうと思う。

おとさんやボキがインフルエンザでダウンしていたときの深夜、激しい痛みに耐えかねて、お姫さんはこんなことを看護師さんに訴えていたと後で聞いた。
「旦那にも子供にも会えなくていいから、もう殺してほしい。もう楽になりたい。」と。
あまりの苦しさに出た言葉だと思う。お姫さんはここまで追い込まれているのだ。

この話を看護師さんから伝え聞いた主治医の先生が、麻酔科の先生と相談して持続静注の薬の配合を変更したとのことだった。これで疼痛はなんとか小康状態に入っているようだが、眠気が常に襲ってくる状態になっていて、一日中うとうととした状態である。
こうしないと、もうお姫さんの痛みの苦しみを取り除くことができないのだ。

土曜・日曜日とボキとうーを病室に連れて行ってはみたものの、お姫さんの反応が鈍い。
内心はお姫さんもうれしいと思っているはずだが、やはり表情として表に出なくなってしまった。
ボキは健気にお姫さんにいろいろ話しかけているが、一言二言でお話が途切れてしまう。いろいろおとさんが、お話に加わって話を続けさせようとするのだが、なかなかうまくいかない。
加えて、話がかみ合わないことが増えてきた。

鎮痛薬を強くすれば、それだけお姫さんの苦痛は減るが、意識が朦朧としてなかなかうまく会話ができなくなる。
会話をちゃんとしようとすれば、鎮痛薬を減らせばよいが、それではお姫さんの苦痛が激しくなる。
このジレンマ、どのように解決すればよいのだろう。。。

もう、おとさんは、お姫さんをこれ以上苦痛で苦しめたくない。。。もう、十分だよ。。。

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2006年2月11日 (土)

3日ぶり。。。

昨日、3日ぶりにお姫さんのところに一人で出掛けた。
お姫さんにインフルエンザがうつらないよう、熱下がって丸1日半明け、念のためマスクをして。
病院の廊下を歩いていると、トイレから帰ってくるお姫さんとばったり出会う。
一目、明らかに消耗しているのが分かった。3日前とは明らかに違う。
ベットの横にはポータブルトイレが置いてあった。もうトイレまで歩けないときがあるのだ。

しばらくの間、話をしていても、話がうまくかみ合わない。
お姫さん自身も、自分が何を言っているのか、分からなくなるときがあるようだ。
自分で、「何だか、頭がおかしくなったかも。。。」と言っている。
これがモルヒネの副作用なのか。
自分が病院に行けなかった日に親族に代わりに行ってもらっていたが、こんな状況だということは聞いていなかった。特に変わりなく会話していたと聞いていた。

幸い、時間がたってくると、お姫さんとの会話がかみあうようになってきた。
おとさん、いろいろと話しかけた。今週、我が家であったいろいろなことを。
ボキがインフルエンザで大変だったけど、本当に頑張って乗り切ったこと。
うーがお家でやる、いろいろな面白いこと。
でも、これもモルヒネの副作用なのか、お姫さんは話を聞いてしばらくすると、すぐにうとうとっと眠っていく。

お姫さんが眠っている間、おとさんは病室から見える外の風景を眺めた。
視線の先には、市内を一望できる山があった。
お姫さんと付き合い始めた10年くらい前、おとさんが「意外と夜景がきれいだよ」って誘って、展望台に車で行ったところだ。
お姫さんはびっくりしてたんだ。この街って田舎っぽいけど、こんな夜景が見れるんだって。
ここから見る夜景も捨てたモンじゃないよねって話したよね。。。
そんなことを考えると、目が涙で曇ってきた。。。

土曜日は、インフルエンザから復活したボキとインフルエンザにかからず元気なうーを連れて行こう。
ボキ&うーよ、おかさんに力を与えてやってくれ。。。お前達の力も必要なんだ。。。
頼む。。。

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2006年2月 9日 (木)

情けない。。。

ボキのインフルエンザがなんとか治まりそうだったので油断したのだろうか。おとさん、ふと「あれ?おかしいぞ?」と思って体温を測ると、37.8度あったのだ。慌てて病院に駆け込んだところ、インフルエンザ(A型)とのことだった。
タミフルを処方してもらって、家に帰った。おとさんの実家に連絡して、お姫さんの所に行ってもらうようにお願いする。お姫さんのお父さんにも会社を早退してもらって、ボキとうーの面倒を見てもらうようにした。
昨日1日寝たおかげで、平熱に戻ったが、当分はマスクつけたままにしておかないといけないな。お姫さんのところにも行かないといけないし。
それにしても、この大変なときに何をやってんだろ。情けない。。。

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2006年2月 7日 (火)

がんばれボキ!

ボキの様子が朝からおかしかった。熱をはかると38度6分ある。
お家で暫く様子をみていたが、昼頃には39度1分の熱と嘔吐が出て来たため、小児科へ連れていった。
その結果、インフルエンザであることが判明した。予防接種を受けていたが、罹ってしまったらしい。先生の話しでは、ボキの幼稚園児が多く来ているとのことだった。
タミフルと抗生物質を処方してもらって帰宅する。でも、ボキに薬を飲ますことができなかった。顆粒の薬だったのでヨーグルトに混ぜてみたが、ふた口で食べるのをやめてしまった。
ボキは今、おとさんの横で時折うなりながら高熱とたたかっている。
おとさんが付いてるから、絶対大丈夫だからな!

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2006年2月 5日 (日)

この土日は。

この土日は忙しかった。
土曜日はボキたちを連れて水族館に行き、日曜日はボキの幼稚園のバザーがあったのだ。
二つともお姫さんが行ってほしいとお願いしてきたものだった。お姫さんの注文は、
・水族館のほうは、ボキたちが喜んでいる姿を写真に撮ること。
・バザーは、ボキが幼稚園で作ったり描いたりしたものを写真に撮ること。それと、当日の模擬店の係になっているので皆さんに迷惑をかけないようにすること。

二日とも、義母に付き合ってもらって出掛けた。okusuri
水族館のほうは、ボキたちも魚やアシカやカブトムシ(!)を見て、楽しく過ごしてくれた。
最後のほうは、ボキが「だっこー」状態になって、おとさんはヘロヘロ状態になってしまったけれど。

kame水族館を回っている最中、義母とおとさんは水槽を泳いでいる亀をみて、まったく同じことをつぶやいた。
「なんか、すごくのどかでいいなあ。。。すごく平和な感じだなあ。。。」
1匹の亀が、”優雅”に手足を動かして、すーっとゆったりと水槽の中を動いていく。
どうしてかは分からないけれど、なんかすごく癒された気分になった。

boki-oekaki日曜日のバザーもボキの作った絵を見つけて、写真を撮った。
「お、なかなかボキうまいこと描くじゃない。」とおとさんは思った。
お姫さんは、「他の子と比べてへたくそじゃないかなあ。」と心配していたけれど、他の子も同じような感じだから、全然心配ないよ。


この2日で撮った写真をお姫さんに見せた。
お姫さんはここ数日、腰と背中の筋肉痛に悩まされている。
硬膜外ブロックやモルヒネはこの痛みにはほとんど作用していないようだ。
あまり快適ではない状況だけれど、これらの写真を見て、お姫さんもだいぶ気分が明るくなったようだ。ボキの絵を見て、ボキが成長していることが実感できて、安心もしたみたい。

おとさんが背中と腰のマッサージをすると、お姫さんは眠気と疲れからか、横になると目を瞑っていった。

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2006年2月 4日 (土)

無力感。。。でも。。

おとさんは、ここ数日、インターネットで最新の医療情報をみて、何か適当な臨床試験が実施されていないか物色している。身体的負担がほとんどないものを。
幾つかよさそうなものが見つかるのだが、お姫さんの状況が臨床試験の条件に合わないのだ。
代替療法も調べてはみるものの、エビデンスがしっかりしているものを見つけることができず、何ともいいがたい無力感が襲ってきた。

無力感にとらわれつつ、お姫さんの所に向かった。家からお姫さんのところまでの車内の10分弱の間に、無力感を胸の奥底にしまいこんで。
前日に引き続き、38度の熱が続いている。また、吐き気がかなり出てきているようで、吐くとお腹の傷口が痛むいう悪循環になっている。痛みを鎮痛剤で抑えるものの、吐き気がなかなかおさまらないようだ。
QOLが悪化してきていることも、おとさんの無力感を増幅する。

体調が良くないにもかかわらず、お姫さんはおとさんにこう言った。
「ボキとうーを明日、水族館に連れて行ってあげて。そして、二人が喜んでいる写真を撮ってきてほしい。二人の喜んでいる顔がみたいな。
水族館は家から車で20分位と比較的近いところにある。
お姫さんがこんな状態では、おとさんも行く気が起こらない。でも、二人の写真を撮るために行かなければならないだろう。
なぜなら、ボキとうーの喜ぶ姿が、他のどんなものよりお姫さんの「生きる力」になるに違いないから。
「分かった!任せといて!ばっちりいい笑顔撮ってくるよ!」

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2006年2月 3日 (金)

穏やかな時間が。。。。

昨日のお姫さん、体調がおかしくなってしまった。
痛みは、背中の筋肉痛があるが、一時期ずっと痛がっていたお腹の痛みはおさまっている。
しかし、突然の39度を超える高熱。体のだるさを訴えている。顔をみると本当につらそうだ。
お姫さんは、涙を流してこう訴える。
「こんなにつらいんだったら、死んだほうが楽。なんでこんな目にあわなきゃいけないの?」
おとさん、お姫さんの手を握ってやることしかできなかった。
しばらくすると、お姫さんも落ち着いたのか、まだ死ねないね」と考え直す。ボキやうーのことが頭をよぎったに違いない。
どうか、苦痛のない日が訪れますように。

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2006年2月 1日 (水)

治療実施。

今日は隔週で行っているタキソテール投与日。
事前の血液検査で白血球が10,300と多めだったが、治療を実施した。
腹水もこれまでずっと1,000mlずつ抜き続けてきたが、今日は400mlほどしか出なかった。先生の話では、一応腹水を抜くのは今日でやめるらしい。

お姫さんと「近くの水族館にカブトムシがいる」という話になった。ボキが大好きなヘラクレスオオカブトの本物がいるらしいのだ。
お姫さんは、おとさんにこういった。
「ボキとうー連れて、見せにいってあげて。それで、また二人が喜んでいる姿を動画で見せてほしいな。」
「お姫さんも車椅子で連れて行こうか?」
「行きたいのは行きたいけど、むこうで気持ち悪くなったら困るからやめておく。」

いつか、家族みんなで水族館に行きたいな。ささやかな希望だ。

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2006年1月31日 (火)

マッサージ。

ここ数日、激しい痛みや吐き気とは無縁な、穏やかな時間を過ごすことができている。
チューブが入っているところの痛みは若干残っているけれど。
昨日はお姫さん、腰の周りの筋肉が痛いと訴えた。そこで、おとさん、腰をマッサージしてあげた。
これは、お姫さんが妊婦だったとき、腰痛をよく訴えていたので、寝る前の日課だったのだ。

「ボキやうーがお腹に居るとき、寝る前によくやってもらったよね。」
「そうだったね。ほとんど毎日やってたなあ。」
「やってもらうと、すごいラクになったから助かったよ。」
「会社から帰ってくるの遅くてもずっと待ち構えてたものね。」
「この痛みもラクになるかなあ。」
「大丈夫。絶対ラクにしてあげる。」
おとさん、手にありったけの想いをこめてマッサージした。

どうか、お姫さんの苦痛が、病気が、治りますように。。。。

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2006年1月30日 (月)

クラッカーおいしかった。

昨日は、クラッカー菓子に、ジャムやメープルシロップを付けて、家族4人で食べた。
ジャムやメープルシロップを付ける役目は、お姫さん。付けた後、ボキやうーやおとさんに配って回る。
ボキやうーにクラッカーを渡しているときのお姫さん、いい顔をしていた。
ボキはジャムが付いたのしか食べないので、メープルシロップがついたものは、おとさんが全部食べることになってしまった。
最近、よくお姫さんが言っていたのは、
「ボキやうーのために、ご飯作ってあげたい。。。」
ということだった。少しでも、子供達の世話をしてやりたいという気持ちが強いのだ。
昨日のことで、ちょっとはその希望がかなえられたのかもしれない。

今日も昨日と同じように、穏やかな一日が過ごせますように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨日書き込んだ、「自分なりにもう一度いろいろ考えて」。

この言葉には自分の今までの行動に対する迷いがあった。
この7ヶ月、おとさんがベストであると信じるやり方で、そのように行動してきた。
これまで、自分たちがやってきたことが、本当にお姫さんにとってよかったのか。
そして、このままでいくことが、本当にベストなことなのか。

もう一度、自問自答してみたほうが良いと思ったのだ。
当然、お姫さんが本心ではどのように思っているのかは分からない。
本人の性格や、いままでの言動などをもう一度思い返して、最善の道を行きたいと思った。

やはり、今までどおりの接し方でやっていくのがベストだという結論に至った。
これ以外、考えられなかった。
「余命告知はしない」
「できるだけ、いつもと変わらないように接する」
お姫さん本人が、何か望むことがあれば、そのように軌道修正すればいい。
幾人かの方が指摘している通り、あまりに先の短い余命告知は”絶望感”しか生まないだろうと、自分も思う。
(おとさん自身は、余命告知自身を否定しているわけではない)

おとさんは、お姫さんにできるだけ”希望”を与え続けてやりたい。
これまでと同じように。。。。

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2006年1月29日 (日)

感謝です。。。

おかげさまで、昨日もお姫さんは苦痛のない時間を過ごすことができた。
疼痛コントロールはなんとか落としどころが見つかったようで、ほっと一安心している。
だが、腹水は毎日1,000mlずつ抜いていて、既にトータルで7,000mlに達している。

今日は、クラッカー菓子にジャムとかシロップを塗って、皆で食べようねと約束している。
(お姫さんは、口に入れてから吐かなければならないが。。。)
穏やかな時間を過ごせることが、こんなに幸せなのだと改めて実感しているところだ。
今日も、穏やかな時間が過ごせますように。。。

昨日の書き込みにたくさんのコメント、本当にありがとうございます。
皆さんのお気持ち、感謝しても感謝しきれません。
「余命を伝えるべきだ」「余命を伝えなくてもいい」
当然、2つの意見があり、どちらも正しいことだと思います。
これまで我々は、「余命を伝えない」という方向で通してきました。
今までのお姫さんの言動や性格を含めて、お姫さんにとってどちらを選択するのが良いのか、自分なりにもう一度いろいろ考えて結論を出そうと思います。
とはいっても、もう与えられた時間はほとんどないのかもしれませんが。。。

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2006年1月28日 (土)

苦しい。。。

硬膜外ブロックが奏効したらしく、お姫さんのお腹の痛みはだいぶ解消した。
おかげでかなり過ごしやすかったようだ。
2週間前に先生から、「1月末まで持つかどうか。。。」といわれていたが、まだまだ大丈夫そうに見える。
お姫さんは、本当に前向きに頑張っている。
「こんなところにいては、自分のやりたいこと、何もできないもの。」
「私、普通のもの食べて、普通に生活できるようになるよね。」
「ボキの七五三も家族4人でできるよね。」

と自分に言い聞かせるように言いながら、おとさんにも同意を求めてくる。
そんなお姫さんの姿を見ると、本当に胸が痛い。
実は、まだ「付き添い」をしないで「お見舞い」の状態が続いているのだ。皆さんのコメントのほとんどが、
「できるだけお姫さんのそばにいてあげてくださいね」なのにもかかわらずだ。
おとさんは、もう会社にはほとんど出社せず、休職に近い状態になっている。遠距離通勤のため、緊急の連絡があったときに間に合わない恐れがあり、とても仕事が手に付く状態ではない。

でも、今の「お見舞い」から「付き添い」に変えることの、適当な理由付けができないのだ。
お姫さんに一度、「付き添い」の話をしてみたことがあったのだが、
「同室の人たちもいるから、付き添いはしなくていい。今まで通り病院に来てくれればいい。」
と拒絶されてしまった。

それに、おとさんは、怖いのだ。
「お見舞い」→「付き添い」に変えることで、お姫さんに死期が近いことを知らせてしまうのではないかということが。。。
もし、そうなってしまったら、お姫さんの前向きな頑張りに水を差してしまう。。。
今は、そんなこと絶対にできない。できない。

一方、お姫さんの「死」への準備を少しずつ始めている自分もいる。
「お姫さんに本当のことをなぜ言わないんだ。自分だけ準備して。」と叫んでいる自分もいる。
自分の中で、いろんな「自分」が戦っている。。。。。

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2006年1月26日 (木)

皆さんに感謝。。。

今は落ち着いている。
昨日の先生の話では、若干尿の量が少なくなってきているが、大きく容態が悪化している感じではないとのこと。
先生は、最後にこう付け加えた。
「どこまで保たせれるか分かりませんが、なんとかがんばってみましょう。」

依然、お姫さんは大部屋で闘病生活を送っている。本人がまだそれを望んでいるから。
同じ部屋にいて、既に退院していったおばちゃん達も、お姫さんのことを心配し、外来に来たときに病室に立ち寄ってくれて、小物やお守りを差し入れしてくれる。

お姫さんも「皆に心配してもらって、本当に幸せ。。。」とよく言っている。

おとさんも皆さんに本当に感謝、感謝、感謝。。。。。それ以外の言葉がみつからない。。。。

でも、おとさんは時々個室を勧めるようにしている。やんわりと。
勧めるとはいっても、別に個室に移るよう説得するためではない。お姫さんの気が変わってきて、個室移動したくなったときにいつでも言い出しやすいように。。。。。

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2006年1月25日 (水)

そろそろ。。。。

昨日はお姫さんずっと眠かったらしく、ほとんど寝て過ごしていた。
おとさんがお見舞いに行っても、他愛もない話をして、それが終わると目をつむって眠っていた。そんな姿をおとさんはじっと見守ることしかできない。

腹水を前回同様1,500ml抜き、お腹のほうはだいぶ楽になってきたみたいだ。
だが、モルヒネの副作用か、だいぶ寝ている時間が長くなってきている。体もやせ細っているから、体も睡眠を欲しているのかもしれない。でも、痛みに苦しむ姿を見るよりは何百倍もましだ。

お姫さんが話をしているときの意識は、まだしっかりしている。でも、そろそろ「来る日」に向けての覚悟をしなくてはならないのだろうか。。。

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2006年1月24日 (火)

友達のお見舞い。

ブログの更新はボキたちを寝かしつけてからにしているのだが、ここ数日、ボキたちとそのまま寝てしまっている。

週末から月曜日にかけて、お姫さんの会社の仲の良かった友達が相次いでお見舞いに来てくれた。
こちらから特に連絡をしたわけではなく、先方から「しびれをきらして」お見舞いにということで来てくれたのだった。
その場におとさんはいなかったのでどのような話をしたのかは分からないが、友達とお話したことで少しでも元気づけられたのではないかと思う。
ただ、お姫さん曰く、「本当の病名は言っていない」そうだが。。。。

病状の方は、良くなる兆しがなかなか見えない。
お腹がかんかんに張ってきているので、月曜日の夕方、腹腔穿刺して腹水を1,500ml抜く処置を行った。
腹水を抜いたことで若干お腹の張りが引いて、おとさんが触っても分かるくらい弾力は出てきた。
先生のお話では、とりあえず腹水を抜くためのドレーンを留置し、火曜日・水曜日にも必要があれば連続して腹水を抜く処置を行うとのこと。

とにかくQOLを維持できるよう、祈るしかない。

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2006年1月22日 (日)

不覚。。。。

昨日は、不覚にもダウンしてしまった。
おとさんだけでなく、ボキとうーまで。。。。
幸い、ボキとうーはそれほど体調が悪くなることはなく、うーは昼過ぎ、ボキは夕方ころには元気になったのだが、おとさんは、高熱と激しい下痢に見舞われてしまった。。。

午前中のうちに近くの医院に行って、腕とお尻に注射を打ってもらったものの、結局1日中寝込むことに。。。。
お姫さんのところには、お姫さんの弟君と義母が行ってくれて、いつもと同じような状況だと教えてくれた。
今もまだ頭の奥が痛いが、寝てばかりもいられない。頑張らないと!

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2006年1月20日 (金)

うれしかった。

今日は、ボキの幼稚園の体育参観日。本当は義母に行ってもらうつもりだったが、風邪を引いて調子が悪かったので、おとさんが参加。
ボキは幼稚園に行くのになかなか慣れなくて、時々参観日に行っても、ボキ一人だけポツンと何もしていないことがほとんどだった。
(お家では活発なんだけどなあ。。。。)

今日もそうなることを、おとさんはちょっと覚悟していたのだが、いざ見に行ってみると、皆と一緒(というとちょっと無理はあるが。。。)に体操や運動ができるようになっているではないか!なんか、ちょっぴり泣けてきた。

動画デジカメでその様子を撮り、お姫さんをボキとお見舞いに行ったときに見せてあげた。
お姫さんも感激していた。
「ボキ、えらい、えらい!」と手放しの喜びよう。
ボキはちょっと恥ずかしそうにしていたが、お姫さんが頭をなでなでしてやると、本当にうれしそうだった。おとさんも一緒になって頭をなでまわした。
「今日は、すごかったな~」って。

おとさん・お姫さん二人で「よかった~」と、ほっと胸をなでおろした。

お姫さんの体調も、腹痛がなかなか治まらないが、それほど苦痛ではないといっている。
今日はいいことがあったから、お姫の体調もいい方向に向かいますように。

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2006年1月19日 (木)

やはり感じてきている。

昨日の採血の結果、白血球数が16,000個/μlと若干多めだったのだが、タキソテールの投与を予定通り実施してもらった。
輸血も無事終了し、だいぶトイレへ向かう足取りもしっかりしたものとなった。
だが、お腹の張りがかなり強くなってきており、痛みがまた出てきている。お腹を触ると明らかに以前よりも固くなってきている。

今日、お姫さんはこんなことを言い出した。
「もし、私が死んじゃったら、棺にきっちゃん(キティちゃん)のぬいぐるみいれてね。一緒にいく。」
おとさんが、
「でも、まだ死ぬと決まったわけじゃないよ」というと、
「決まってないよね。でも、やっぱり死ぬ覚悟がいるのかな。まだ覚悟出来てないから。」
とお姫さんは泣き出した。
「まだ、31年しか生きていないんだよ。なんでこんなことになっちゃうの?ボキやうーの大きくなる姿が見たい。。。うーと会話したい。。。」

おとさんも危うく涙がこぼれそうになる。

かける言葉が見つからないよ。。。。

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2006年1月18日 (水)

輸血1回目無事終了。

昨日火曜日は1回目の輸血を行った。なんとなく顔が血色よくなったような感じを受けた。
痛みも特に感じていないようだ。疼痛コントロールはうまくいってそう。
問題なければ、今日・明日と輸血を継続していく。また、今日、採血をして抗がん剤治療が可能か確認することになっている。
”抗がん剤治療は無理”と思われるかもしれないが、”抗がん剤治療を実施”することが、今のお姫さんにとって、”治りたい”という心のよりどころなのだ。

でも、お姫さんは「死」が遠くないところまで来ているのを感じているのか、こんなことを言った。
「ボキが幼稚園卒園するまで生きていられるかなあ。うーが幼稚園入園するの見れるかなあ。あと2年もあるのかあ。。。。」
「ボキやうー、かわいそうだよ。お母さんがいなくなるのよ。」

おとさんは一言、
「見れるよ、きっと。」というのがやっとだった。

お姫さんは、こうつぶやいた。
「ボキやうーのために、何かしてやりたい。。。。」
お姫さんの想いが痛いほど胸にしみた。彼女なりに、「死」への準備を少し始めたのかもしれない。

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2006年1月16日 (月)

友達のありがたみ。

先週の土曜日の深夜、迷いに迷っていたことを実行に移した。
それは、おとさんの大学・高校時代の友人にお姫さんの病状をメール連絡したのだ。このブログのURLも書いて。

そうしたら、皆がいろいろ励ましの電話やメールを寄せてくれたのだ。異口同音に「いつでも力になるから連絡くれよ」って。。。。本当に涙が出そうになった。

みんなの想いと、ここを訪れてくださる皆さんの想いのお陰か、一時は最悪2,3日かもと言われたとは思えないくらいにお姫さんは回復してきた。今日も特に苦痛なく過ごせたそうだ。ただ、先生とちょっと口論はして大泣きしたらしいけれど、相部屋の皆さんが自分達も大変なのに本当に親身になってくれて励ましてくれる。一緒に泣いてくれる。
このことも、お姫さんを支える大きな柱の一つなのだ。

今後のお姫さんへの治療は、貧血がひどくなってきたので、明日から輸血を6単位を3日間に分けて実施することになった。
また、ここのサポートメンバーの方から、ほぼ同一の状況で1ヶ月半QOLが向上したという患者さんの事例についてメールで教えていただいた。
このメールには勇気付けられた。(いつもお世話になってすみません。)

お姫さんにも、このQOL改善が起こることを祈ろう。

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2006年1月15日 (日)

力が出ない。。。

お姫さんの様子は昨日と同じ感じで特に変化はない。
ボキとお見舞いに行くと、待ちかねたようにいろいろと話し込む。

服の着替えを持っていったので、それをいろいろ入れ替えた後、服をいれているセカンドバックを棚の上(1.7mくらい)にお姫さんは持ち上げようとした。

ところがもう、顔より上にセカンドバックを持ち上げられないのだ。特別重いものが入っているわけではないのに。その姿をみて、おとさんは愕然とした。。。。。

おとさんが、「俺がやるから置いておきなよ。お腹も傷口痛むでしょ?」といっても、
お姫さんは、「できるから、自分でやる!」といって聞かない。
そういって、ベットの上に立ち上がり、なんとか一人でセカンドバックを棚の上に置く。
この負けん気は元気なときそのままだ。

お姫さんはまだ、「生きる」ことを諦めてはいない。

神様、せめて残りの時間を今の体力のままでいさせてもらえませんか。。。。
でも2日前の出来事を考えれば、贅沢なお願いでしょうか。。。。

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2006年1月14日 (土)

不幸中の幸いというべきか。。。

昨日、状況が大きく変わったため、一晩様子をみて今日の午前中にもう一度先生とお話する場を持つことにした。
朝から家(お姫さんの実家)に電話が鳴った。お姫さん本人からだった。声は元気そうだ。
「朝、また夜中から大騒動があったの。」
なんでも、手術跡の一箇所から体液が染み出てきたというのだ。

約束していた先生との話の中で、朝に何が起こったか聞いた。
① おそらく手術した箇所の吻合部が裂けている。(横行結腸か胃かは不明)
② 腹膜播種でお腹の中が癒着しているので、流れた腸液が行き場を失った。
③ 最も弱い手術跡の部分に腸液が漏れてきた。
④ 漏れてきた箇所を中心に穴を開け、人工肛門を設置した。
⑤ 流れた腸液が体外に出てきて、お腹の張りが緩和された。
⑥ 現段階の全身状態からすると、数日で亡くなることはないと考える。

幸いにも、お腹のなかが”かちかち”なおかげで流れ出た腸液がお腹全体にちらばらずに済み、全身状態が悪くならずにすんだというのだ。
加えて、”自然の人工肛門”ができ、お腹の圧力が下がり、お姫さんを苦しめていた腹痛や高熱がある程度おさまってしまったのだ

ボキやうー、おじいちゃん、おばあちゃんと皆でお見舞いにいったときも、昨日とは見違えるほど元気にしていた。皆でいろんなお話をすることができた。
お姫さんは、ボキやうーの頭を幸せそうになでていた。
「ボキ、うーちゃん。お母さん、二人のこと大好き!」といいながら。

手術の吻合部が裂けている以上、容態がよくなったわけではなく、いつ坂道を転がり落ちていくかは分からない。
でも、神様がお姫さんにほんのひと時かもしれないが、苦痛の少ない時間をくれたのだと思う。

話はちょっとそれるかもしれないが、お姫さんはまだ大部屋の病室にいる。本人には、個室への移動を何回か勧めてはみたが、断固拒否の姿勢なのだ。
そこには同じ癌患者の方が多くいて、”持ちつ持たれつ”の関係が成立していて、安心感があるとお姫さんは言うのだ。

だからあまり無理に個室に移動しろと本人を説得していない。
でも、おとさんとしては、体調がより悪くなったときのことを考慮して、先生にお願いして個室にいつでも入れるよう部屋を確保はしてもらった。

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急転直下。

最悪の展開になった。
先生とのお話は、おとさんは「次の治療方法の相談かな?」と思っていた。先生と向い合い、話し始める直前まで。

そんな甘い見込みは、一瞬で消え去った。
話を聞いたところ、お姫さんは以下の状況に追い込まれていたのだ。
① 未明にこれまでにない腹部の激しい痛みを訴える。痛み止め静脈点滴するもほとんど効かず。
② 39度ほどの高熱が続いている。
③ 朝の血液検査の結果、白血球数が21000個/ulと著しく増大。

これらのことから、”腸管破裂または腸管壊死による腹膜炎の可能性が高い”とのことであった。最も恐れていたことが起こってしまったのだ。

腸管破裂の場合、本来ならば緊急手術が必要だが、お姫さんの全身状態からすると手術を強行するのは本人を苦しめるだけの可能性が高く踏み切れないとの先生の判断だった。腹膜播種が原因でお腹のなかが”かちかち”で、腹膜炎があまり広がらないこともあるらしい。
手術ができないとなると、薬しか方法がない。

対応として、鎮痛剤の増量と抗生物質・鎮静剤の投与をし、お昼頃にはお姫さんは、落ち着きを取り戻したとのことだった。

おとさんは不安になって残りの時間はどのくらい残されているのかを聞いた。
先生は非常に言いづらそうにこう言った。
腸が破裂していて腹膜炎が一気に広がれば最悪の場合なら2、3日、そうでなくても、もって1月中でしょう

そんな馬鹿な。。。。。そんな馬鹿な話があってたまるか。
つい2週間前のお正月は、お姫さんは特に苦痛もなく家に帰ってこれたのに。。。。。
元気な頃と一緒というわけにはいかないけれど、それなりに楽しい正月を過ごせたのに。。。。。

これを聞いたあと、お姫さんを見舞った。
おとさんは、頭が真っ白になっていたのを何とか元に戻し、いつもと同じようにお姫さんに笑って話しかけた。一世一代の大嘘だ。。。。。
お姫さんは、痛みが治まったので穏やかな表情をしていた。いつものときと変わらない会話をした。
「アイスコーヒー飲みたいな。おとさん、飲まない?」とお姫さん。
「じゃ、買ってくるよ。砂糖ありでクリーム抜きね。」

自動販売機への往復の間、おとさんは涙がこぼれそうで仕方がなかった。でも必死でこらえた。

お姫さんのところに戻り、最初の一口をあげた。
おいしい~!」と満面の笑みをお姫さんが浮かべる。
こんな顔をみたら、もう残り時間が少ないなんて信じられないし、言えないよ。。。。

お姫さんを見舞った帰り道、病院から家まで車でどこの道を走ったのか、今思い出そうとしてもまったく覚えていない。
気持ちを落ち着けるために、音楽を大音量でかけながら周囲をドライブしたのだが。。。。

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2006年1月13日 (金)

何の話だろう。。。

今日の出勤途中の電車の中で、携帯電話がなった。病院の看護師さんからだった。
”先生がお話ししておきたいことがあるそうなので、病院のほうまで来てほしい”とのことだった。
一瞬で仕事に行く気が失せた。駅そばの大きな書店で、コメントで教えてもらった緩和医療に関する本を物色して立ち読みした。
・・・・・・
今から先生の話を聞きに行く。
お姫のお腹が最近、だいぶ張ってきていることもあり、良い話ではないだろうことはある程度覚悟している。

どうか、深刻な話でありませんように。。。。

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2006年1月12日 (木)

6口のコーンポタージュ。

お姫さんからメールが来た。
「どうしてもコーンポタージュが飲みたくなったので飲んでいいか先生に聞いたら、数口ならOKって言ってくれたので、粉末タイプのものをお湯で溶いて飲んだ。」

これまで、お姫さんはコンソメスープのような”さらさら”なスープしか飲まないように先生から言われていたのだ。飲み物も口を潤す程度にしておかないと駄目なのだ。コーンポタージュなどの”とろみ”があるものはなるべく避けるよう指示があった。

メールはこう続いていた。
6口ほど飲んだけど、コーンポタージュってこんなにおいしかったのかって、本当に感激した。思わず泣いちゃった。早く普通の食べ物が食べられるようになりたい。。。

お姫さんが最も望んでいること、それは「普通の食べ物を食べる」こと。
豪華なものや、美味なものを望んでいるのではない。ただ普通のものを食べること。
それは健康な人からすれば何てこともなく、ありがたみさえ忘れているようなことなのだ。

おとさん自身含め、「食事ができる」ことがどれだけ幸せなことなのか、よく考えないといけない。

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2006年1月10日 (火)

こ、腰が。。。。

ここ数日、おとさんの腰が痛い。
ボキやうーを抱きまくってたせいで疲れてるのかな?パソコンしてるときの座る姿勢が悪かったか?それにしても軟弱だな。

お姫さんの体のことばかり考える日々で、おとさん自身の健康管理はほめられたものではない。お姫さんが病気の告知を受けてからおよそ7ヶ月、おとさんは体重が6Kgも増えてしまった。どうもおとさんはストレスを受けても、やせていくほうにはいかないらしい。
食欲もあまり落ちなかったし。「何もする気が起きない」時がよくあったので、運動量が大きく減っていたのかなあ。
これでは、成人病予備軍の仲間入り必至だな。なんとかしないと。。。。
おとさんまで倒れたら洒落にならない。。。。

子供達も、ストレスを溜め込んでるんじゃないかなあ。ボキもうーもどこにも遊びに連れて行ってあげれていない。
おとさんは。。。。あ、行ったな。。。。サーキットにレース写真撮りに2回ほど。(爆)
でも、友人や会社の同僚と外食したことは一度もないなあ。歓送迎会や忘年会、おまけに新年会も全部パス。今の精神状態で外で酒なんか飲んだ日にゃ、自分が理性を保ったままいられる自信がまったくないよ。。。。

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2006年1月 9日 (月)

お姫の疼痛管理

お姫さんが痛みを訴えるようになってきたので、現状の疼痛管理がどうなっているか思い出してみた。問題があるとすれば、改善してもらわないといけない。
今は主に、腹部の痛みを訴えている。
本当なら先生に話を聞ければよかったのだが、あいにく今日は非番なのか病院に出ておられなかったので、覚えている範囲で以下に記す。

・フェンタニルパッチ貼付
 【72時間毎貼り替えが基本だが48時間毎に変更してもらった】
・腸閉塞対策として、酢酸オクトレオチド(サンドスタチン)+モルヒネを持続皮下注射。
 【携帯型ディスポーサブル注入ポンプを使用】

本人が痛みを訴えたときには、
・熱を伴わない時には、モルヒネを点滴静注。
・高熱が伴う時には、ボルタレン坐薬を投与。
(薬剤分量は知らない・・・確認しないと。。。)

「がん緩和ケアに関するマニュアル」と比べても、それほど見劣りしない対応をしてもらっているような感じを受ける。
主治医の先生は疼痛管理に際し、麻酔科の先生と相談して薬剤を決定していると、以前に話していた。

ということは、先生と我々とのコミュニケーション不足が問題なのかもしれない。
まずは、お姫さんの「薬の入れすぎは良くない」という先入観を取るのが第一という気がしてきた。

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2006年1月 8日 (日)

今度は痛みがきた。

昨日、お姫さんを見舞ったときのお姫は、お腹の痛みに襲われていた。
前までの高熱と体のだるさは、だいぶ楽になったとのことだった。
10月頃から妊婦さんのように大きくなったお腹は、かなり固くなってしまっている。前回のタキソテール投与のときは、次の日に劇的にお腹が柔らかくなったのに。

今回は、薬が効いている実感がないことがお姫さんには悔しく、なおさら痛みが応える。
もちろん、おとさんも悔しい。

「痛み止めの点滴をしてもらったら?」とおとさんはお姫さんに話しかける。
「さっき、してもらったばっかりだし、そんなたくさんできない。」

”モルヒネの量はそんなに多くしていない”と聞いているから、あまり我慢しなくても大丈夫だよとおとさんは言うのだが、
「そんな薬ばかりいれるのは、いやなの!」と言ってお姫さんは聞かない。

痛みに耐えるのに体力はあまり使ってほしくないのだけれど。。。

でもよく考えたら、現時点で実際に投与している痛み止めの薬剤の分量を、先生から聞いていない。まずい、ちゃんと聞いておかないと。。。

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2006年1月 6日 (金)

ジェットコースター。

昨晩、お姫さんを見舞いにいったら、前日とはまるで別人だった。。。。
夕方の6時頃から猛烈な寒気に襲われ、布団を首まですっぽりかぶっているがぶるぶる震えている。
また、38.5度の熱が出ているらしい。体のだるさも訴えている。
ここ2週間くらいは体調が悪くなっては薬で持ち直し、薬の効果が薄くなればまた体調が悪くなる、というパターンの繰り返しだ。
お姫さんは、消え入りそうな声でささやく。
「もう、こんなにしんどいのつらい。。。何回も何回も。。。」
おとさんは、こういうしかなかった。
「ほんと、つらいなあ。。。」
こんなとき、なんて声をかければいいんだろう。。。。

「もう、熱下がらないで、このまま体力消耗して、死んでいくのかなあ。。。」
「そんなことない。熱は下がってくから。」
おとさんはそういうのが精一杯だった。

お姫さんの顔を手のひらでなでてなぐさめた。元気なころと変わらない、すべすべのお肌だった。
信じられないよ。。。。

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2006年1月 5日 (木)

タキソテール3回目投与。

最近、お姫さんは高熱に悩まされている。
でも、何とか無事昨日、タキソテール3回目投与が終わった。
前日夜からの高熱をボルタレン坐薬で押さえ込み、直前の血液検査で白血球が10000と正常値より多めであったが、抗がん剤投与再延期は避けたかったので無事投与できてよかった。

おとさんが夜に見舞いに行ったとき、お姫さんは、熱もあまりなく痛みもそれほどない状態ですっきりとした顔をしていた。今のお姫さんにとっては何より、「治療ができた」ことが嬉しいのだ。
「無事治療できて良かったんだけど、また2、3日したら体がだる~くなったり、吐き気が出てくるのよねえ。」とお姫さん。
抗がん剤と一緒に入れている薬(ステロイドと制吐剤)の効果が薄れてくるのだから仕方ないけれど、タキソテールの副作用がなるべく出ないように、おとさんは祈っている。

病院からの帰り際に気付いたが、お姫さんの顔もだいぶやせてきた。今までは体だけが痩せ細っていて、顔にはあまり出てなかったのに。。。

大変な思いをしているんだから、当たり前だよな。

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2006年1月 4日 (水)

つかのまの息抜きしたが。。。

昨日は、自宅から車で1時間の所にあるおとさんの実家にボキとうーを連れて帰っていた。
会社も今日から始まるので、その前に自分の両親と話をしたいと思ったのだ。

普段は、お姫さんの実家で家族みんなでお世話になっているのだが、やはりいろいろと気を遣ってしまって言いたいことがなかなか言えない状態なのだ。

実家に帰って、現在の状態・今後のこと・子供達のことなど、考えていることを両親と話をした。両親も本当に心配してくれているのが分かる。
「お金は大丈夫か?足りてるのか?」と親父が尋ねてくる。
高額療養費支給で戻ってくるとはいえ、一時的には家計から月40万円近いお金が出て行ってしまうから、金銭的負担は決して軽くない。
「きついけど、なんとかやりくりできてる。」とおとさん。
「足りなくなったらいつでも相談しにこい。力になってやるから。」と親父。
その気持ち、本当にありがたかった。。。。何より、話を聞いてもらえたことで気持ちがたいぶ和らいだ。

おとさんにとっては、つかの間の息抜きができた。

だが、お姫さんからのメールで現実に引き戻される。
「体調が最悪。お腹がかなり張ってきた。痛み止めがなかなか効かない痛みと39.4度の高熱に苦しんでいる。」と。
正月、あんなに穏やかに過ごせたのに。。。

よりによって今日4日は、先週体調不良により延期した抗がん剤タキソテール3回目投与の日。。。。
どうして抗がん剤投与前になると、体調が崩れてしまうんだ。。。。このままではまた投与が延期されてしまう。。。。

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2006年1月 2日 (月)

家族みんなで新年を。

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
我々にとって、本年は試練の年になるかもしれませんが、精一杯やっていきます。

大晦日、お姫さんは夕方に帰ってきた。
幸いお姫さんを苦しめている、吐き気と高熱は治まっている。ただ、足のむくみがひどいので、病院から出るとき、おとさんが車椅子で車のところまで連れて行った。
家に帰ってから、じいちゃん、ばあちゃん含めて、みんなで食卓を囲んで鍋を食べた。おとさんにとって、この鍋は本当においしく感じた。お姫さんが帰ってきてくれると、こんなに味覚が違うものなのか。
その後は紅白歌合戦を見ながら、年越しそばを食べることができた。家族みんなで。

元旦の朝。
うーが一番にふとんからもぞもぞと動き出す。うーは、おとさん、お姫さん、ボキの頭の上に横になっている形で寝ている。
おとさんが、自分の頭の上のうーが動いているのを感じて、お姫さんとおとさんの間にうーを寝かせる。
それに気付いて、お姫さんは起きた。うーと目があったらしく、
「うーちゃん、かわいい!」「うーちゃん、大好き!」と満面の笑顔で話しかけた。うーもそれに応えて、満面の笑顔。
ボキもお姫さんの横で、むっくりと起き上がる。
「ボキ、おはよう!。ボキも大好きやよ!」
お姫さんは、つぶやく。「幸せ。。。。ずっとこうしていたい。。。。」

それから、夕方まで、お姫さんの体調が崩れることなく、本当に穏やかなお正月が過ごせた。
おせちを食べて、ボキやうーにお年玉を渡して、テレビを見て。。。。
元気な人なら、ほんとに普通のなんでもないお正月の光景なのかもしれない。でも、私たちにとってはそのことが本当に貴重な時間に思えたのだった。

これからも、こんな時間をいっぱい過ごしていけたら。。。。

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2005年12月31日 (土)

皆で年越し。

ボキとうーを公園まで遊びに連れて行った。今日は、風が結構冷たくてよく冷える。SANY0089
2人が遊んでいるのをみて、いろいろなことを思い、考えた。
これまであったこと、これからのこと。。。。しばらく、空を眺めながら考えていた。
ふと、二人の声で我に返る。うーは、指をくわえたまま走っている。ボキはうーの後ろをついて走って笑っている。
こいつらの前では、暗い顔しちゃいけないなと思いなおす。

夕方になったら、お姫さんを病院まで迎えに行く。
お腹の痛みは若干あるようだが、それほど体調は悪くないと連絡があった。
先生に「最悪の場合、年を越せるかどうか。」といわれていただけに、無事年が越せる見込みがたって、本当によかった。
家族みんなで、思いっきり楽しんで年越しをしたい。

皆さんも良いお年をお迎えください。

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2005年12月30日 (金)

友達のこと。

おとさんが最近気にしていることがある。
それは、友達のことである。

おとさんとお姫さんは、社内で知り合ったので、仲のいい友人はほとんど顔見知りだったりする。

友人のうち、今回のお姫の入院を知っているのは、たった3人。当然病名までは知らない。
お姫さんは、その3人にもお見舞いに来てもらうことはお断りしているみたいなのだ。
「元気になってから、また会おうね!」と。
おとさんにも、
「お願いだから知り合いには絶対に言わないで!」
といっている。

だから、おとさんは自分のホームページから、このブログへのリンクは張っていない。なぜなら、おとさんの友人はホームページを知っていて、リンクをたどってしまうかもしれないから。
このブログを読んだ時点で、お姫さんの状況がばれてしまう。
おとさんの友人に知れたら、お姫の友人にも知れてしまうことは間違いないのだ。

でも、おとさんはこう思っていた。
「仲のいい友達がお見舞いに来てくれることって、すごく元気付けられるのではないか?」と。
自分なら、友達がいっぱい来てくれるほうが気がまぎれるし、元気が出ると思う。
そうは思っていても、お姫さんが拒む以上、おとさんには何もできない。

友達の力って大きいと思うのだけれど、実際のところはどうなんだろう?

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2005年12月28日 (水)

タキソテール3回目延期

今日はタキソテールの投与3回目の日だった。
しかし、
・39度の高熱が出ていること
・採血結果から白血球数値が高かったこと
から、タキソテールの投与は来年1月4日に延期になってしまった。

昨日撮ったCTの結果も、「良くもなく悪くもなく、現状維持」というような結果だった。。

昨日はいろいろ忙しかったらしく、おとさんが夜7時半頃見舞いにいったとき、お姫はかなり消耗していた。
理由を聞くとこうだった。

午前からCT撮影をし、11時頃におとさんのお袋がボキを連れてお見舞いにきた。
お昼にお姫さんがボキにカップラーメンを食べさせてあげた後、お袋がボキを連れて家に帰ろうとしたとき、ボキの例の症状が発現してしまった。
「まだ帰らへんの・・・」

お袋もボキの心情がよく分かっているので、なだめながら帰ろうとした。
お姫さんも、ボキを無視して寝るわけにもいかず、ボキの相手をしてやらなければと、いろいろ話かける。
これが1時間以上続いたとき、とうとうお姫さんが疲れて参ってしまったのである。
お姫はお袋に懇願する。
「もう、ボキを早く連れ帰ってほしい。。。しんどい。。。」
お袋はボキを抱っこすることができないので、一人の力ではどうすることもできず、結局看護師さん4人かかりでなだめ、それも無理となると看護師さんの一人がボキを抱いて連れて行ってくれた。ボキは看護師さんに抱っこされたまま、泣きじゃくる。
お姫さんも普段は出て行かない病院のロビーまで送りにいった。いっしょに泣きながら。

結局、ボキが帰っていったのは、午後3時をまわっていた。
(散々「帰らへんの」を連発していたボキは、家に帰ったらけろっとしているのである。)

ボキが帰った後も、お姫さんの弟君やその彼女が入れ替わりでお見舞いに来てくれたらしい。最後におとさん。だから、お姫さんは寝て休む暇が全くなかったのだ。

タキソテール投与が延期になってしまったのは痛いけれど、大晦日の体調管理がしやすくなったといいように解釈しよう。
予定通りタキソテール投与をしていれば、大晦日はタキソテールの副作用でさらにつらい状態で過ごしていたかもしれないから。

とはいっても、現状のお姫さんの体調、あまり良くはない。
38度くらいの高熱、吐き気、右足のむくみによる歩行困難、腹部膨満感の増大etc
疼痛があまり出ていないのが救いだ。

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2005年12月27日 (火)

涙こらえきれず。。。

おとさんは、今まであまり映画やドラマを見ることがなかった。興味がなかったのだ。
ところが、お姫さんが再入院するようになって、ボキやうーを寝かしつけてから、なぜか急にドラマや映画のDVDを時々買ったり借りたりして見るようになったのだ。それも半年から数年前に放映・上映されたものを見るのである。
おかげで、睡眠不足がさらに拡大。。。。

今見たのが、映画「いま、会いにゆきます」


なぜこれを選んだのかといえば、「芸能ネタ」につられたというべきか。動機はちょっとお恥ずかしかったかな。。。ストーリーも一切知らなかったし、映画の評判も聞いたことはなかった。

”はずれ”覚悟で見始めた。ドラマや映画にそれほど興味のなかった、お姫さんの元気だった頃にこの映画を見ていれば、何も思わなかったのかもしれない。

だが、今の自分にはあまりにも涙モンの映画だった・・・

前半から、もう、涙腺の堤防は決壊寸前状態に陥った。
お姫さんの病名・余命告知を受けたあの日の夜、たった2ヶ月前に満開の桜の下で撮影したお姫さん・ボキ・うーの写ったビデオを真っ暗な部屋で見ながら、二十数年ぶりに泣き明かしたことを思わず思い出してしまったのだ。。。。

後半はもう、こらえきれなかった。。。。堤防が決壊した。。。。だめだった。。。。
おとさん、本当に涙もろくなったなあ。。。。

でも、逆に今までが泣かなさ過ぎたのかもしれないな。

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2005年12月25日 (日)

イブの写真

今日は、昨日のイブのときに撮った写真をプリントして、ボキと一緒にお姫さんに届けた。
「病室に飾っておきたいから、すぐに持ってきてね!」と頼まれたのだ。
写真を見ながら、
「昨日は楽しかったね!」
といった話をしながらひと時を過ごす。

夕方になってきたので、お家に帰ろうとボキに帰るよう促すと、
「まだ帰らへんの。。。」
といって大泣きする。
最近、このパターンが多くなってきている。ボキは今、お姫さんのそばにいたくて仕方がないのだろうと思う。
本当はボキをずっとお姫さんの横にいさせてやりたいが、病室が大部屋である以上、他の患者さんたちに迷惑をかけてもいけないので、おとさんは無理やりボキを抱き上げてお家に帰る。
泣きじゃくるボキを肩に担いで、
「ボキ、ごめんな。ほんと、ごめんな。。」
といいながら。。。

寝る前、おとさんがうつ伏せになっていると、ボキは上にのってきてしばらくじゃれていた。
でも、数分すると動きが止まってしまった。そう、ボキはおとさんの背中の上でそのまま寝てしまったのだ。
おとさんは起こさないようにそっとボキを床に下ろし、ふとんに寝させてあげた。

ボキの寂しさをとってやるには、どうするのが一番いいのだろうか。。。。

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今年のイブは。。。。

クリスマスイブ。お姫さんを病院へ迎えに行く。
P1000092家への帰りに、ささやかなクリスマスケーキを注文していたので、ケーキ屋さんに取りに行った。

そのあと、前日に話をしていた、お姫さんへのプレゼントを買いにショッピングセンターにいったのだが、足のむくみが取れていないお姫さんは、ショッピングセンター内で痛みに耐えかねて動けなくなってしまった。。。。。お姫さんも、ショッピングセンターで動けなくなってしまったことに大ショック。。。。。
そのときは、人生最悪のクリスマスイブになるかと、おとさんは覚悟をしたのだった。

でも、神様はいるものだ。

残念ながら、お姫さんの欲しい物は買ってあげられなかったけれど、お家に帰ってからは本当に楽しいクリスマスになった。
ボキやうーにプレゼントを渡すと、ボキーやうーはものすごく喜び、きゃーきゃー言いながら包装をあけたのだった。
ボキには、「おもちゃのボウリングセット」。
うーには、「アンパンマンの太鼓」。
二人とも満面の笑みを浮かべて、おもちゃで遊んでいた。それを見ているお姫さんの顔、本当に幸せそうだった。
クリスマスケーキも、皆で大騒ぎして食べた。大きさは小さめだったけれど、今までの中で一番おいしいクリスマスケーキだった。

病院への帰り道、お姫さんはこういった。
「今日は本当に楽しいクリスマスだった~。帰ってきて本当によかった~」
結局、お姫さんに”物”をプレゼントできなかったけれど、それに代わるかけがえのないプレゼントができたのではないかと思う。
次は、大晦日&お正月。なんとか、体力を維持して一緒にお正月を過ごしたい。

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2005年12月23日 (金)

イヴは皆で。

明日はクリスマスイブ。
お姫さんの体調は相変わらず。おまけに足の付け根からの栄養点滴が原因で足がかなりむくんでしまっている。病気以外でも、いろいろ大変な苦労を強いられている。
それでも、予定通り外出で家に帰ってくる。本当に楽しみにしていたから。
お姫さんには、
「クリスマスプレゼントで何か買ってあげるから、一緒に明日買いに行こう!」
って言っておいた。
「うれしいな。じゃ、一晩じっくり考えとこう!」
と、お姫さん。
明日は、ボキやうーや、じいちゃん、ばーちゃんとクリスマスケーキを食べて、ボキたちにプレゼント渡して。。。。大騒ぎの一日になりそうだな。
ちょっとでも、お姫さんが元気付けられるといいな。

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2005年12月21日 (水)

不安定な心。

最近、おとさん、精神的にちょっと不安定になっている。お姫の前や、ボキやうーたち、義父・義母といるときは普通に明るく振舞えるのだが、一人になると反動が出るというか、落ち込むことが増えてきた。
こうやって、ブログを書いていて、ふと考え込むときなんか。

そこで、臨床心理士の先生に話を聞いてもらうことにした。

今、思っていること、考えていること、そして悩んでいることについて1時間くらい話をした。
おとさんが今、最も悩んでいることも相談してみた。
それは、
「お姫にとって、2人の子供たちのために何かしてやるための時間が必要なのではないか?今、自分は余命告知をしないつもりだが、本当にそれでいいのか?」
ということだ。

お姫さんは、長生きできないということは理解している。だが、寿命がつきるのは近々ではないと思っている。
だから今は、全力で病気と闘っている。

でも、実際先生に言われているのは、”最悪コースで進めば”ほとんど時間は残されていないのだ。お姫がボキやうーたちに何かしてやりたいと思ったときには、体は動かないなんてことになりはしないか。。。。

先生は言った。
「子供たちのために何か特別なことをしてやらなきゃいけない、なんて思わなくてもいいのではないでしょうか?」
「今、奥さんが一生懸命、病気と闘っている姿を見ているだけでも、彼らには何か得るものがあるのではないでしょうか?特にボキ君には。」

おとさん、そんなこと、思いもしなかった。。。

それが正しいかどうかは分からない。でも、少なくともそういう考え方もあるのだ、ということが分かったことで、おとさんも幾分気分が楽になった。
最も悩んでいたことが、おとさんの中ですっきりしたから。
少なくとも、余命宣告をどうしようかという迷いはなくなった。今まで通り、明るく振舞おう。
気が変わるかもしれないけれど、今はそうしよう。

けれど、だめだ。。。気は楽になっても、涙腺がものすごく緩くなったのは直ってないや。。。

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2005年12月20日 (火)

セカンドオピニオンに行ってきた。

今日、大学病院へセカンドオピニオンに行ってきた。もう病院めぐりは5回目だから、セカンドとは言わないのかな?でも、再発してからは初だから、セカンドでいいのかな。
この病院には、今年6月末に引き続き2回目の訪問である。
聞きたいことは以下である。
(1)現状について
(2)今後の治療法に関して
(3)オーダーメイドに関して
(4)その他

待ち合わせの時間を1時間も遅くなり(大病院はこれだもの。。仕方ないけど。。)、最近睡眠時間が足りてないおとさんは待合室で思いっきり居眠りをぶっこいてしまった。

(1)現状について
これまで使用されてきている抗がん剤は、胃がんで使われる中心的なもの。
選択としては別に不思議はない。
ただ、CTで見ると、1st,2ndの抗がん剤はあまり効果なかったものと思われる。3rdのタキソテールの力に期待するしかない。近々の症状として、腹部膨満感が若干改善しているとのことなので、タキソテールが効いている可能性はある。

(2)今後の治療法について
タキソテールが有効かもしれないので、隔週での投与であれば全4回終了時にCT等で効果の評価をすることが先決。(現段階では2回投与終了)
もし、タキソテールが無効だった場合、病状と照らし合わせると安全に使える抗がん剤があまりない。
これまで使っていないもので、胃がんに使えるものとしてCPT-11(イリノテカン)・MTX(メソトレキセート)があるが、いずれも安全に投与できる薬ではない。
CPT-11:腸閉塞は禁忌(に近い)/MTX:腎臓機能の低下(水腎症があると危ない)
数種類の抗がん剤を使用しているため、体力的にも4次治療が意味があるのかどうか分からない。
体に”鞭打つ”だけになりはしないか。

(3)オーダーメイドに関して
現時点では、胃がんで適用する抗がん剤について、副作用はある程度予測がつくかもしれないが、肝心の薬の効果については”?”がつく。
肺がん・乳がんであれば、原因因子が特定されつつあるので、意味があるかも。
また、間違った判定をしてしまうリスクもあり、あまりお勧めはできない。

(4)その他抜粋
・胃がんに対する新規抗がん剤の情報は入手していない。
・タキソールが無効でもタキソテールが有効になることがある。
・タキソテールが著効すれば、腸閉塞を解除するケースもある。
・がんにタキソテール耐性が出るのは3~6ヶ月後くらい。(一次治療時)
・抗がん剤の併用投与が、単剤投与に対して延命効果があるかどうかはっきりしない。

こんな感じだった。

目新しい治療法や薬はさすがになさそう。残念。
「タキソテールが効いているかも」というのは、勇気付けられることである。
でも、FP療法やってたときも、小腸の腫れが引いていったから効いた!と思って喜んでいたら、CTで腹水がいっぱい写ったなんてことがあったから、ちょっと心配。
やはり神頼みしかないのか!?

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少しは望みが?

昨日は、お姫さんの体温が「ジェットコースター」状態になってしまった。
日曜日、18時過ぎに病院に戻ったお姫さんは、病室まで送りにきていたおとさん&ボキが帰った後、疲れて眠ってしまった。
「はっ」として目覚めた23時頃、体が猛烈にあつかったらしい。熱を測ってみると。。。
40.1度。。。。。。
慌ててナースコールで熱冷まし点滴(抗生物質)を入れてもらったが、なかなか体温が下がらない。
38度くらいまでは落ちるのだが、しばらくするとまた体温は上昇してしまう。
お昼頃、お姫のお母さん&うーが見舞いに来て、帰った後に体温を測ると、
40.4度。。。。。。
これはまずいということで、先生の判断で栄養点滴をいれている足の付け根の点滴を外した。
すると、何も薬を入れていないのに数時間後には、
37.5度。。。。。。。
あっという間に熱が引いてしまった。足の付け根から栄養点滴入れてから2週間以上経過しているので、もう限界がきていたようだ。
”超”高熱の原因が点滴ということで、一安心である。

また、希望の光と思える変化がでてきた。
抗がん剤をタキソテールに替えてから、お姫さんの腹部の張りが少なくなり、お腹を指で押してもだいぶやわらかくなってきているのだ。
軽々に「効いている」とはいえないけれど、少なくとも症状の緩和はしてくれているように思える。
このまま、腸閉塞の解消まで一気に進展してくれないかな。

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2005年12月19日 (月)

外出するも。。。

昨日は、お姫は外出許可をもらって家に帰ってきた。
でも、体調は良くないままで、熱も38度近くあった。
それでもお姫が外出したがったのは、2つやりたいことがあったのだ。
ひとつ目の目的は、「クリスマスケーキをお姫さん自身で選ぶこと」だった。
病院まで迎えにいった帰りに、ケーキ屋さんにいってクリスマスケーキを注文した。

もうひとつの目的は、「すきやきを味わうこと」だった。
おとさんのおふくろが、”皆で食べて”ということで、すきやき用の高級牛肉を持ってきてくれたいたのだ。
お姫は、「飲み込めないけれど、口に入れて味わいたい!!」と思ったのだった。

でも、午後5時頃、ソファで横になっているお姫の元気がなくなってきていた。それまでは、ボキやうーに一生懸命話かけていた。それが、見るからにしんどそうになった。
体温を計らせた。39.7度もあった。。。。まずい。。。。
慌ててすきやきの用意をしてもらうようにし、準備ができるまでにお風呂の替わりに暖かいタオルでお姫の体をふいてあげることにした。
外は今年一番の寒波がやってきていた。部屋の中はエアコンで暖房をしているのだが、それほど暖かくはなかったので、体をふくために服を脱ぐお姫の口からは、「寒い!寒い!」という言葉が連発される。

おとさんは急いでお姫の体をふいてやる。
足や腕や背中。。。もう、骨と皮だけだよ。。。こんなに痛々しい状態にさせてしまった。。。

ボキも口に指を入れて、黙ってみている。お姫さんは、半泣きでボキに聞こえないようにつぶやく。
大好きなボキたちを育てなきゃいけないのに、こんな体になってしまって。。」
おとさんは、
大丈夫。食べれるようになれば、元気な頃の状態に近づけれられるから!
と慰めた。

お姫さん、ごめん。。。本当にごめん。。。おとさん、大うそつきだよ。。。。

病院に帰る前に、お姫さんはすきやきを数口、口に入れて味わった。
「おとさん、すきやきの肉、すごくやわらかくておいしいよ!」って、お姫さん、うれしそうだった。

お姫さんが今回の外出でしたかったことは、なんとか実行して病院に戻ることができたのだ。

クリスマス・お正月・・・・
お姫さんのしたいことができるよう、祈るしかない。。。

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2005年12月16日 (金)

非情な宣告。。。

分かっているとはいえ、やはりあらためてショックを受けた。

お姫の病状について先生とお話をすることになっていた。お姫抜きで。。。
ありのままを、話を聞かせてもらうことになっていた。

箇条書きをすると、こんな感じだった。
・抗がん剤を入れているが、好転の兆しがない。 ただ、ここ数日腹水が引いたのは良い傾向。
・タキソテールによる副作用はあまり出ていない。骨髄抑制による白血球減少は全く見られない。
・腹部の痛みをだいぶ強く感じているよう。モルヒネの投与量がかなり増えている。
・腸閉塞による、腸の腫れはもう限界点に来ている。いつ腸管破裂が起こってもおかしくない。
・腸閉塞箇所は3箇所以上あるので、PEG・PTEG等による腸の減圧は難しい。
・腸の腫れによる発熱が続いている。37度後半~38度後半の間で推移。
・赤血球に奇形が多くなっていて貧血傾向が進んでいる。全身の栄養状態が悪化している。
・今週に入って、お姫の顔に生気がない。気持ちに余裕がなくなっている。

最後に先生はトドメの言葉を吐いた。
「お若いこともあるので、このまま推移すれば、最悪年を越せないかもしれない。今はかなり頑張ろうとして、気が張っているが、精神的なバランスが崩れたら一気に転がり落ちてしまうこともありうる。持って、1月中では。。。」

へ?年を越せない??大晦日までたったの15日しかないんですけど。。。。
・・・・・・・・・・

絶対にこのままでは終わらせない。
残り時間が少ないのは事実かもしれない。でも、おとさんのできる限りのことをするしかない。
セカンドオピニオンも手遅れかもしれないが、先生に大学病院への紹介状・画像データの準備をお願いし、席を立った。
来週の頭にも、大学病院へ足を運ぶつもりだ。

神様、この運命を変えることはできないのでしょうか。。。

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2005年12月15日 (木)

お姫の思い。。。

昨日、会社帰りにお姫を見舞った。
ベットのところに行くと、お姫はいなかった。「トイレだろう」としばらく待っていたが、なかなか帰ってこない。
ちょっと不安になって、捜しに行こうと席を立ったところ、ふと枕元の蛍光灯カバーのところに目がいった。

ketsuiおとさんは、一瞬、胸がつまった。
短い文面だが、ボキやうーへのお姫の思いが伝わってきたのだ。
それは、まるで自分を振るいたたせるために書いたような。。。。。
おとさんは、無意識に携帯で撮影していた。
お姫がこうやって戦っている今、おとさんも絶対にあきらめないとあらためて心に誓った。

そうこうしているうちに、お姫は戻ってきた。やはりトイレだったのだが、最近、尿の出がよくないとこぼす。
最近のCTでは、左側の腎臓が水腎症になっているとのことだったが、それが悪影響を及ぼしてきているのか。

熱のほうはようやく平熱に収まったらしいが、腹痛のほうが依然続いている。
なにより気になったのが、お姫の顔に生気がない。自分で、自分の体がいい方向にはいっていないということを自覚しているのではないか。それで、あの文面を書いたのか。。。

おとさんは病院の帰り際、主治医の先生のところに直行し、大学病院の先生にセカンドオピニオンを受けたい旨伝えた。
主治医の先生はこういった。
「紹介状書きますから行って来て下さい。もし、いい治療法があるなら、今が最後のチャンスかもしれません。今のままでは確実に衰弱していきます。」

とりあえず、今日夕方、お姫抜きで主治医の先生に、現状の状態を包み隠さず話してもらう機会を持つ。

何を言われようとも、絶対にあきらめない。決着がつくその日まで。。。。

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2005年12月14日 (水)

タキソテール投与2回目。

今日は、お姫へのタキソテール投与2回目だ。
昨日、お姫はお腹がかなり張って痛かったらしく、苦しさを訴えていた。
熱も相変わらず37度半ばから後半と、あまり好転していない。
最近は10分ほど座っていると、「お腹はってきた。。。。」といって横にならないといけない状態だ。
先生からは、「体温が38度5分超えてたら、抗がん剤やれないよ!」といわれている。
お姫はこんなことを言っている。
「体温がもし38度5分超えてたら、体温測定ごまかそっと。」
おとさんはずっこけた。
「おいおい、市販の風邪薬じゃないんだから、そんなことしたらだめだって。後で苦しい思いしなきゃいけなくなるよ。」
お姫は答える。
「だって、治療がどんどん遅れていったら困るもの。」
そりゃ、気持ちは分からなくもないけれど。。。本当はタキソテールをもっと早く使うはずだったのに、発熱で見送りになりFP療法になったことが気になっているのだ。

今日も昨日とあまり体調は変わらないらしいが、高熱も出なかったので無事タキソテールの投与を行えた。

それにしても、薬の効果があるかどうかも分からないのに、抗がん剤を投与しなければならないというのは本当に不安だ。近い将来、「オーダーメイド医療」の研究が進み、効果のある抗がん剤をすぐに適用できれば、患者や家族の不安は一掃されるのにと思う。
そんなことを考えていたら、先日の大学病院の先生から、「今後の治療方針について相談にのりましょうか?」というメールをいただいた。
ありがたいお話である。

そういえば、今後の治療方針について、まだ主治医の先生とお話をしていない。現在の抗がん剤が効いて、現在の腸閉塞の症状が改善されればよいが、そうでなかったら、次に何をするのか。腸が破裂しないようにするための対処方法は検討されているのか。
また、先生とお話する機会をもたないといけないな。

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2005年12月11日 (日)

ボキは寂しい。。。

お姫さんは最近はずっと37度後半の状態で、体調はあまりよくない。
でも、今日お姫さんは外出許可をもらって家に戻ってくる。以前から、おやつの時間に皆で肉まんを買いに行こうって決めていたのだ。

午前中におとさんとボキと二人で車に乗って迎えに行った。
ボキはお姫さんが病院から出てきて車に乗り込んでくると、ボキは照れて車の隅っこにいってしまった。が、次の瞬間、きゃーきゃーいって、お姫のとこに寄っていった。本当にうれしそうだった。久しぶりにこんなうれしそうなボキの顔を見た。
家につくと、うーも走り回って喜んでいた。

で、おやつの時間に家族4人で肉まんを買いにいった。考えてみれば、家族みんなで車に乗って買い物出かけたのって、すごい久しぶりだ。
買って来た肉まん、すごくおいしかった。お姫さんも飲み込めないのだけれど、数口、口にいれて肉まんを味わった。

そうこうしているうちに、あっという間に時間が過ぎ、お姫さんは病院に戻らなければならない時間になった。おとさんはお姫さんを車で病院に送る。そのときにボキもついてきた。どうしても付いていきたいって。。。。

病室まで3人で行って、お姫さんの病室でしばらく話をした後、ボキと帰ろうとした。
ボキは一言。「まだ帰らへんの・・・」こういって、泣き出してしまった。
お姫さんは困って、ベットの上でボキを抱いて、いろいろ話しかける。「おかあさんいなくて寂しい?」と聞いたとき、ボキはこっくりとうなずいた。寂しそうな顔だった。

なんとかなだめてボキと二人で帰る。ボキはずっと泣くのをこらえていた。なんか、おとさんももらい泣きしそうなのを必死でこらえて車を運転して家に帰った。

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2005年12月 9日 (金)

先生を敵に?

もう、朝の4時になってしまう。
おとさんは、昨日、お見舞いに行ったときのことをずっと考えている。

お見舞いにいくなり、お姫はこういった。
「今日、先生と口論になっちゃったの。。。」
この先生は、主治医ではなく、緩和ケアを担当している女性の先生らしい。
ちょっとした行き違いがあったらしく、口論になったらしいのだ。お姫は、感情を抑える前に口に出てしまうタイプなので、先生を怒らせてしまったらしい。そこでお姫は号泣してしまったというのだ。
しばらくの後に和解と相成ったというのだが、おとさんの思いとしては、先生ももうちょっとこらえられないのかと思った。お姫の状況、ある程度は分かっているだろう。
お姫のように、根治が難しい患者ならなおさら。。。。

そんなこんなで来週月曜日、緩和ケアの一環として、臨床心理士の方とお姫はお話させてもらう機会をもつことになった。自分の思っていること、我々家族にもいえないことを、洗いざらい話して、お姫の心がちょっとでも穏やかになればいいのだが。。。

また同時に、おとさん自身の無力さを思い知らされる。自分はお姫の不満に思っていることに理解してやれなかったのかと。自分自身では最大限、「話を聞いて同調する」ことをしてきたつもりだ。所詮、”つもり”でしかなかったのか。。。。

おとさん自身も、一度、カウンセリングを受けてみようかと思っている。今後、どのようにお姫と接していくのがお姫にとって一番幸せなのか、答えをさがすために。。。

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2005年12月 8日 (木)

お姫の心遣いに感謝。。。

昨日、お見舞いに行ったとき、お姫はこう切り出した。
「12月9日って、お父さんとお母さん(おとさんの両親)の結婚記念日だったよね。だから、売店でお花を頼んで届けてもらうようにしておいたよ~。」
おとさんは、びっくりした。自分の両親の結婚記念日はまったく覚えていなかった。(12月だったかなというくらいの記憶はあるけれども)

お姫の熱はずっと37度後半くらいからなかなか下がらない。お腹の痛みも、それほどきつくはないが、ずっと続いている。自分の体調が良くないのに、わざわざそんな手配までしてくれた。そのことにものすごく感激した。最近崩壊寸前の、おとさんの「涙腺ダム」もあやうく崩れるところだった。

自分がお姫の立場だったとしたら、果たしてそこまでできるのかどうか。お姫は寂しがりやで泣き虫だけれども、本当に「強い」と最近思う。そして、この「強さ」を支えているのは、多分子供達の存在だろう。この「強さ」でなんとか病に打ち勝ってほしい。

・・・とはいえ、無理に頑張らないでほしいという気持ちも、おとさんにはある。お姫ができる限りのことをしたらいい。とにかく、一日一日を、明るく過ごしていってもらいたいと、おとさんは祈っている。

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2005年12月 6日 (火)

年賀状の準備を・・・

そろそろ年賀状の準備をしなければならないが、おとさんはなかなか作り始める気分にならない。お姫さんからは、「早く作って持ってきてね。年賀状にコメント書かなきゃいけないから」と、せっつかれている。

最近、おとさん自身の精神状態があまりよくない。お姫さんの前では問題なく振舞うし、子供達といるといやなことを忘れることができる。でも、一人で何かをしようとすると、ヤル気が起きない状態になってしまっている。

会社のほうには現在の状況を説明して「介護休暇を取得するかもしれない」旨を連絡し、了承をもらっているが、金銭的な面から考えてなかなか取得には踏み切りにくい。
ありがたいことに、「気分転換しにくるつもりで出社すればいいから」と上司や同僚から言ってもらっている。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

最近、自分が非常に涙もろくなった。最近買ったDVDを一人で見ていると涙腺が緩む。かろうじて流れ出すのをとめているような感じだ。それまでは、涙を流すことなんて本当になかった。悲しいこと・悔しいことはいろいろあったけれど、二十年近く、涙を流した記憶がないのだ。
でも、今は下を見るだけで、うるうる状態なのだ。今年の6月前までなら、うるうるにはならなかったと思う。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/1387/walkingtour.html

自分の身近な人が、こんなことになるなんて夢にも思っていなかった。今でも6月のあの告知を受けたシーンは鮮明に思い出せる。でも、今更そんなことを言っても、なってしまったものは仕方がない。結果がどうなろうとも、最後まであきらめないで前向きに頑張っていこうと思う。

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2005年12月 5日 (月)

ボキ&うーとお見舞い

日曜日はお昼過ぎからボキとうーを連れて、お姫さんのお見舞いにいった。今日もまだ38度近い熱があるらしく、体調はあまりよくないようだ。うーは、病室に着くなり眠たくなったみたいで、お姫さんのベットの足元で横になって寝てしまった。

お姫さんは最近は痛みと格闘することが多くなってきた。痛み止めがないとなかなか「痛みのない」状態が作れないらしい。もうモルヒネを使っている状態である。まだ横に寝ていると楽なのだが、体を起こして3分くらいしたら、「お腹が痛い。。。」っといって横にならなければいけなくなる。これではQOLがとてもいいとはいえない。。。

お姫が何より辛いと訴えるのが、「食べられないこと」である。もう再入院してから2ヶ月半くらいたつが、それからずっと絶食状態が続いているのである。(飲み物はちょっとだけならOKとの許しは得ているが) 人間、食べることが大事だということを痛感させられる。お姫さんの今の体重は35kg。本当にやせ細ってしまった。でも、腸に食べ物を流し込むわけにはいかないのだ。もしそのようなことをしたら、食べ物が腸にどんどんたまって腸が破裂してしまう。こうなったら一巻の終わりだ。。。

最近は、「口の中で味わって吐き出す」という技を覚えてきたので、だいぶ気がまぎれるようになったとお姫は言う。まあ、何も固形物を口にしないよりははるかに気がまぎれるのだろうけれど、これはつらいだろうと思う。

お姫はボキに言う。「来週の日曜日、おかあさん外出するから、皆でコンビニに行ってあんまんと肉まん買って食べような~。」 黙ってうなずくボキ。ボキはまだ4歳だけれど、「おかあさんはお腹が壊れて病院に入っている」ことは理解しているのだ。こんな子供たちの心の中ってどんななのだろう。考えるだけで胸が痛む。

うーは、1時間ちょっと寝て、むくっと起き上がる。「あ、起きたあ~」とお姫さんが笑顔で話しかける。まだちょっと寝ぼけてるけど、にこっと微笑むうー。そんな顔を見て、お姫は言う。「こんなかわいい子やボキたちを置いて、絶対に死ねないよ。。。」 おとさんは言った。「当たり前だろ!」

そうだよ、そんなことは考えたくない。とにかく今は、なんとかお姫の治療がうまくいくことを祈るのみだ。

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2005年12月 3日 (土)

副作用早くも!?

お姫がタキソテール投与してもらってから、3日がたった。お姫の体調はかなり悪いみたいで、全身倦怠感に襲われている。お姫の言葉を借りれば、「全体重がふとんに吸い込まれていくみたい」という状態である。これって、タキソテールの副作用なんだろうか??

タキソテールは骨髄抑制作用が強いらしく、白血球数が一気に減少することがあると先生から聞いている。腸閉塞の部分が炎症を起こしている(がん性腹膜炎?)お姫は、38度近い熱がある状態なので、白血球数が減るのは非常に怖いのだ。

体がだるいと、お姫はネガティブ思考になってしまう。(誰だってそうかもしれない・・・)お姫と会話をしていても「もう死んでいくんやろか」「なんで私がこんな目にあわないかんの?」「お腹の中、もうがん細胞がうじゃうじゃいるんやろ?」「来年までもつんやろか」「たった30年で人生が終わるの?」「もうすぐ土に還っちゃうんだ」等々、様々な言葉が出てくる。

おとさんはそのたび、言葉が一瞬出なくなってしまうのだ。こうやって畳み掛けられるのが本当につらい。どうしようもなくつらい。「そんなことないよ。大丈夫。」とか言ってなんとかお姫が前向きになれるように、おとさんは頑張ってお話をする。そしておとさんは願うのだ。「副作用なく薬が効いて、少しでも食べ物が食べられるようになりますように!!」と。。。

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2005年11月30日 (水)

タキソテール投与開始!

今日は新しい抗がん剤「タキソテール」をはじめて投与する日だ。さっき、お姫からおとさんの携帯に「今からタキソテール投与開始するよ」とのメールが入った。

メールによると、お姫の体調はあまりよくなく、熱も37度6分あるのだが、タキソテール投与に踏み切るらしい。ちょっと前なら、「熱があるからタキソテールはやめておこう」と抗がん剤投与を延期していたのだが、そんな余裕はなくなってきているようだ。タキソテールは副作用が強く出ることもあるため、心電図計をつける等ものものしい状態で投与する。一番最初に使ったタキソールのときもそうだったが。

タキソールが完全な空振りだったので、なんとかタキソテールが効いてくれるといいのだけれど、同じタキサン系抗がん剤(化学式が似ている)のでどうなんだろうか?とにかく、神様に効くように祈ろう。

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2005年11月28日 (月)

紅葉を見に行く。

昨日は抗がん剤「タキソテール」投与を30日に控え、もう一度お姫は外出をしてきた。目的は、みんなで紅葉の写真を撮ること。おとさんは「紅葉」なんて、すっかり忘れていたのだが、お姫は病院でずっと考えていたらしい。

_MG_0220 で、病院の近くに紅葉のスポットがあるので、そこにいってみた。ボキとうーも連れて行った。

今年は紅葉前線の南下が遅いということはニュースなどでも知っていたが、現地にいってもそれを体感することができた。11月も終わろうとしているときに、まだまだ青い葉の木も結構多かったりして、ちょっと驚いた。

真っ赤に色づいている木のそばで写真を撮り、その後は広場でボキやうーが走っているのを写真に撮った。

お姫も最近買ったコンパクトデジカメで一所懸命写真を撮っていた。いろいろ場所を変えてボキやうーの写真を撮っていた。

「二人がもっと大きくなった写真も撮っていたいなあ。。。」とつぶやきながら。。。。

「大丈夫、撮っていられるよ。」といっているおとさんも、ちょっと涙腺が緩んだ。最近はどうも涙腺が弱くなってきていて困っている。とはいえ、お姫の前では泣かないことに決めている。泣いたら、お姫が治らないと言うことを、お姫に伝えてしまうような気がしてならないのだ。

この日は一日、お姫は楽しく過ごせたようだ。が、好事魔多し。夜病院に戻ったら、お姫はおなかの張りと強い痛みと戦わなくてはならなくなってしまった。熱も38度近くまで上がってしまった。今日、明日はゆっくり休んで、30日からの抗がん剤治療に備えなくては。

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2005年11月24日 (木)

今日は外出日。

今日、お姫は病院から外出許可をもらって家に帰ってきた。FP療法の5日間連続静注が終わったことでもあるし。

ボキやうーは、ものすごく喜んでいた。特にボキは幼稚園から帰ってきて、お姫の顔を見た途端に飛び跳ねて喜んでいたらしい。ボキは、いつもは「おかさんがいないと寂しい」みたいなことはほとんど言わないけれど、やっぱり本当はとても寂しいんだろうなと思う。自分の幼いときのことを考えると、母親のいない生活なんて想像できないもの。

お姫は今日は、特に家事もせず、ゆっくりとした時間を過ごせた。(前回は口論に発展してしまったからね)

今後の治療方針についても、皆で話をした。最初、お姫はお腹の張りをとるために手術をしてほしいということを言っていたが、先生が手術の効果に疑問を持っているため、現時点では手術はしない方向でいくことにした。

基本的には、抗がん剤を「タキソテール」に変更して、なんとか腸閉塞の狭窄部分が緩んでくれないかということに期待する方向である。厳しい状況が待っていることは覚悟している。でも、皆で一丸となって、なんとか乗り切れるといいなと思う。

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2005年11月22日 (火)

昨日の出来事。

昨日は、腸閉塞の箇所をある程度特定するためにCTを撮ることになっていた。そしてその結果を先生から伝えてもらう。カンファレンス室に歩くのもお姫はつらそうに歩く。体を縦にするとお腹がすぐに張ってくるのだ。CTの結果、最低3箇所は狭窄部位のあることが分かった。「最低」というのがついているのが困る。

それに加えて、2週間前のCTには写っていなかった「さばの血合い」のような薄暗いものが脂肪と臓器(肝臓?)の間に見えていた。かなり大きい。先生は付け加えた。

「この2週間で腹水がかなり出てきている。500mlくらいはありそうだ。FP療法もあまり効果がなかったらしい。」

おとさんはこのことに愕然とした。思わず「うわっ」と小さく声を上げてしまった。たった2週間で素人目にも分かるくらいに悪くなってしまうのか。

今後については、鼻からチューブか、手術でチューブか、このまま維持かという3択になった。しかし、鼻からチューブはお姫が断固拒否した。「あんなのもう一回するんなら、死んだほうがいい!」と。手術でチューブをいれて腸の減圧をするといっても、大きくお腹を切るわけではないから、本当に膨れている箇所をうまく狙えるかという保障がないらしい。これは、お腹を切ってもチューブの場所がうまい場所でなければ、お腹がほとんどへこまないことを意味する。このまま維持といっても、今のままではお姫も苦しい。

どれを選んでもQOLは著しく低下する可能性が高い。

お姫はなんとか前向きに考えようと、先生に質問を浴びせる。が、どれも先生の答えはネガティブなものだった。これはつらい。おとさんもフォローができない。二人でがっかりして病室に戻る。

お姫が今の夢の話をした。「新しいお家で家族4人で焼肉パーティするの。男ども3人がお肉を奪い合ってるんだよね。それを”これっ!”って言ってとめるんだ!」

これを聞いておとさんは思わず泣きそうになった。なぜって、こんなの、元気なら何の苦もなく普通にできることじゃないか!それを夢として語らなければならないなんて理不尽だよ。。。。

お姫はつぶやく。「あと5年。あと3年でもいい。。。1年でもなんとか生きたい。でも今のお姫には1年はすごく長く感じる。。。」

おとさんは体中の気力を総動員して、笑って励ました。「大丈夫だよ。。」って。

おとさんは家に帰っても眠れなかった。朝の5時頃まで眠れなかった。ずっと考えていた。残り時間がだいぶ短くなってきているのかもしれないのに、ずっと大丈夫と励ますことが果たして本当にいいのだろうか。ある程度来るべきものを受け入れて、それに向けた心の準備をしていくべきではないのか。。。

「お姫と今後、どうやって接していってやれば一番いいのだろう。。。。」

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2005年11月20日 (日)

実家に帰ってました。

この週末は、子供達つれて実家に帰っていました。いつもはお姫の実家に居候状態でお世話になっているので、久しぶりに気を遣わず過ごしました。

日曜日の午後は病院に立ち寄り、お姫を見舞いに行きました。お姫の精神状態はかなり追い込まれていました。チューブを挿入したにもかかわらず、お姫のおなかは相変わらずパンパンです。そのことがお姫をどんどん絶望の淵に追いやっているようです。

「こんなガスでパンパンのお腹抱えて死んでいかないかんの?」って。

腸閉塞を起こしている箇所が何箇所か、はっきり分からないと先生に言われていることも、かなり不満に思っているようです。「なんで分からないの?」って。こんな状態では手術も安心して受けられないって。

おとさんはお姫にかけてやる適当な言葉を見つけることができませんでした。

とりあえず、明日月曜日にCTを撮って、今後の治療方針を決めることになります。でもお姫は、「どうせ撮っても意味がないよ。。。」とあきらめムード。なんとか、生きる望みを見出せるようにしてやりたい。。。。

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2005年11月19日 (土)

抜けないかな~

今日は会社を休んで、うーを連れてお見舞いに行った。

お姫のおなかの張りは相変わらずといった状態だった。

お姫の肛門から腸へチューブ挿入はうまくいったが、問題はチューブ伝いにガスや内容物が抜けて行ってくれるかだ。挿入してからほぼ半日たったが、あまり内容物も抜けてきていないようだ。

と、思ったとき、お姫が

「おなかが痛い!!」とうめきだした。やはり張りが引いていないから、痛みがくるとかなり苦しそうだ。ナースコールをして、痛み止めを点滴してもらう。しばらくはかなり苦しんでいたが、15分ほどでなんとか落ち着いてきた。お姫が痛みで苦しんでいるところを見るのは非常につらい。なんとか楽に過ごさせてやれないものだろうか。。。。

うーは、その騒ぎの中でも眠たくなってきたせいか、ベットの上で眠りこんでしまった。うーよ、お前はなかなかの大物かもしれないな。というよりは鈍感なだけだろうか。(笑)

お姫のおなかがこれ以上張ってしまうと、手術で腸の減圧をしなくてはいけなくなる。これはお姫にとっても苦痛だろうし、おとさんもなんとかこのチューブで効かないか神頼みしているような状態である。

キリスト教でも仏教でもなんでもいい、どこぞの神さま、お姫を助けてください。

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2005年11月18日 (金)

今日はよかった!!

今日は、お姫のお尻の穴からチューブを通して、パンパンに張りつつある腸の内容物を引くことにトライする日。夕方から実施すると聞いていたが、おとさんは会社でほとんど仕事も手が付かない状態になってしまった。

これがうまくいかないと、腸が破裂する危険性が高くなってしまうのだ。とても抗がん剤治療どころではなくなってしまう。

お姫さんも注腸検査室に行くときには、かなりびびりながら行ったらしい。もしうまくいかなかったら、手術しなきゃいけなくなるから。先生二人かかりで造影剤を注入しながらの施術を実施し、20分ほどでチューブを狭窄部よりも中に挿入することに成功。お姫さんはかなり痛がったらしいが、がんばった。うまくいったからがんばった甲斐もあるというものだ。

お姫曰く、検査室から病室まで看護師さんの押すベットで戻ったら、(お尻からチューブが入っているので歩きにくい!)同病室の人がみんな喜んでくれたらしい。皆、うまくいくことを祈っててくれたらしかった。同室の方々は部位は違うとはいえ、ほとんど”がん患者”ということで、自分のことにように喜んでくれたというのだ。

お姫の隣にいる奥さんの旦那さんも、お見舞いにきてすぐに発したのがお姫の施術がうまくいったかどうかだったらしい。

こんな話を聞くと、みんなでがんばらなきゃいけないなと本当に感じた。また、病室の方々みんなで支えあえるというのは素晴らしいなと思う。

今日入れたチューブは4~5日留置し、腸の張りが自然に引くのを待つこととなっている。合わせて明日からはFP療法を再開する。

なんとか、狭窄部付近のがん細胞に抗がん剤が作用しますように!

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2005年11月17日 (木)

うまくいきますように。。。

昨日は、会社を早退して先生とお姫の今後の治療方針について、お話をした。

発熱の原因は、やはり腸の腫れからくるものである可能性が高く、場合によっては腸が膨れて破裂してしまう危険性があるとのことだった。もう、薬が効くまで腸の腫れを放置してはおけないし、おなかが張るので、お姫自身もかなり痛みを感じていることもある。

ということ相談の結果、今後の方針について以下とした。

① お尻の穴からチューブを挿入し、直腸上の閉塞部分を開通させ、腸内空気を体外に排出する。(CT像では大腸がかなり空気で膨れ上がっている)

② タキソテールの投与は中止、発熱を抗生物質で抑えながらFP療法を再開する。

③ ①がうまくいけば体調を伺いながら適時タキソテールに切替、うまくいかなければ直腸狭窄部に放射線を当てて狭窄部の開通を狙う。

①は今日17日夕方に実施する予定。おとさんが会社から帰って見舞いに行く頃にはうまくいったかどうかが分かるはず。

なんとか、なんとか、うまくいきますように。神頼みしかないなあ。

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2005年11月16日 (水)

熱発!

今日はお姫の抗がん剤タキソテール投与開始。。。のはずだった。

通勤途中、おとさんの携帯電話が鳴った。お姫からだった。

「今日、また高熱がでちゃった。抗がん剤治療は中止だって。だいぶ腸が張ってきてて痛みが増してきた。かなりまずい状態らしいので、今日の夕方から先生が今後の治療方針についてお話したいって。」

電話の向こうから聞こえてくるお姫の声が沈んでいる。そりゃそうだろう。新しい抗がん剤の効き目にかけているのだから。

抗がん剤がだめだとすると、外科的対処か放射線療法か。どちらにしても、腸閉塞箇所があまりに多かったりすると手がでなくなってしまう。だんだん厳しい状況に追い込まれてきているのが実感できる。

なんとかいい方向に話が転がるとよいのだけれど。。。。

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2005年11月14日 (月)

最悪の誕生日

11月13日はおとさんの誕生日だったが、今までで一番重たい誕生日になってしまった。

お姫が外出許可をもらったので、家(今はお姫の実家に我が家は居候の形になっている)に帰ってきた。家に帰ってきたとたん、お姫はいろいろと動き回っては、おなかが張ると休むということを繰り返していた。「やらないかんことがいっぱいあって忙しい。。。」といいながら。。。

家族としては、「おなか張らせてまでやることないだろう」というふうに思っていたのだが、お姫のお父さんが”忙しい”というお姫の台詞に反応してしまったのだ。「忙しい忙しいって、そんなことしとらんと寝ておけ!」と。。。この台詞もお父さんにしてみれば、お姫の体が心配で出てきたものなのであるが。。。。

そこから、口論が始まってしまったのである。

家族の皆が例外なくいろんなストレスを溜め込んでいる。。。。自分も例外ではないのだ。家族にがん患者がいるということが、どれほど精神的に堪えるのか、すごく重く感じている。

なんとか乗り切らなければ。。。。

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2005年11月13日 (日)

今日はおとさん誕生日。

2005年11月13日

今日はおとさんの3?回目の誕生日。

プレゼントはなにもいらない。お姫さんに抗がん剤が効いてくれれば、何もいらない。

昨日までのお姫の体調は特になにも変わらないといったん感じだ。熱とかも特にないが、おなかの張りはずっと訴え続けている。

今は13日に変わったところだけど、今日一日、お姫は外出許可をもらって家に戻ってくる。なんとか気分転換を図って来週からの抗がん剤治療に望んでほしいと思う。

それには、体調管理が大事だから、無理して家事なんかしないでほしい。でも、本人曰く、「皆に迷惑かけてるから、お礼を込めて家事をしたいの」なんて言うし。おとさんとしては、家でおとなしく座ってくれているだけでいいのに。

ぼきやうーも、そうしていればきっと喜ぶのに。。。

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2005年11月10日 (木)

2005年11月9日

2005年11月9日

会社が終わって、お見舞いと洗濯物回収に病院にいく。

熱もなく元気そうだが、おなかの張りがきつそうだ。痛みもちょっとあるとのことだった。

痛み止めの点滴は、寝る前に打ちたいからと、我慢している。

腸閉塞って、おなかがぷっくり出てしまうんだよね。まるで妊婦さんみたいに。

何より、おなかがこれ以上膨れないように祈るばかりだ。

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